いまNFC (Near Field Communications)技術に関する動向が熱いが、その理由の1つはGoogleが「Google Wallet」の名称で同技術を使ったサービスをプッシュしており、同社謹製のNexus S、そして19日にも正式発表が噂される「Galaxy Nexus」での目玉機能になっている。だがこのNFC、インターフェイス的に日本で使われているFeliCaと互換性があるため、NFCに対応している携帯であれば「おサイフケータイ」として利用できるという誤解が広まっているようだ。ここではGalaxy Nexus登場前に、両者の違いと互換性の有無、そして今後の動向についていま一度簡単に確認しておこう。

10月18日、都内で開催されたNTTドコモの新製品発表会ではXi対応のスマートフォンを含む多数の製品ラインナップが紹介されたが、その最後に同社社長の山田隆持氏は謎のシルエットをスライドに表示して「サムスン製の最新Android端末が明日19日に発表され、11月より"ほぼ"世界最速でドコモから発売される」と予告した。これは噂の「Android 4.0 "Ice Cream Sandwich"」を搭載した「Galaxy Nexus」であることは間違いない。このような隠し球をドコモが「One more thing……」したことにまず驚きだが、本来は10月11日に発表されていた製品であり、ギリギリまで隠す必要があるという、タイミング的に間が悪くなってしまったというのが正解なのかもしれない。

「サムスン製の最新Android端末が明日19日に発表され、11月より"ほぼ"世界最速でドコモから発売される」と予告したNTTドコモの山田隆持社長

さて本題だが、最近のNexusシリーズの特徴的な機能として、NFCサポートが挙げられる。いわゆる非接触型の近距離通信技術だが、これを応用することでスマートカードの情報を非接触で読み取ったり、あるいは逆にスマートカードの機能を模して専用端末に読み取らせたり、あるいは「ピア・ツー・ピア」モードと呼ばれる機能を使ってNFC対応端末同士を対向で認識させてデータ交換を行うといった使い方が可能だ。個人的に面白いと思うのが3つめのPtoPモードで、これは従来のBluetoothで要求されていたピアリング作業をNFCを使うことで省略し、あとはBluetoothまたはWi-Fiを使って端末同士で高速にデータ通信を可能にする。手軽さだけでなく、さまざまなアプリケーションやサービスへの応用が考えられるため、今後NFCがブレイクするきっかけの1つと考えられるからだ。

だが現在、GoogleがNFCで比較的力を入れているのは2つめの「スマートカード・エミュレーション」と呼ばれるモードで、これはNFCのチップにスマートカード的な振る舞いをさせることで、専用リーダーとの組み合わせで携帯電話をスマートカードへの変身させることが可能な機能だ。日本でいう、ちょうど「おサイフケータイ」にあたる機能といえばわかりやすいだろう。日本ではスマートカードの規格としてFeliCaが広く利用されており、Suica、PASMO、Edy、WAON、nanacoなど、電子マネーや交通カードのほとんどがこのFeliCaベースの技術となっている。問題は、このFeliCaが、世界でより広く利用されている蘭NXP Semiconductorsの開発した「Mifare (Type A、Type B)」とは互換性がなく、相互運用が行えない点にある。そこで両者のインターフェイスを統一すべく上位互換規格として用意されたのが現行の「NFC」と呼ばれるものだ。Galaxy Nexusがサポートするのも、この上位版のNFCである。

だがNFCはインターフェイスの規定であり、通信の根幹を成す暗号化処理の部分は別の実装によって行われている。この暗号化処理を行う部分は「セキュアエレメント」と呼ばれ、アプリケーションあるいはチップ形で別途実装されることになる。現状、Mifareベースの規格から進化したICカードサービスでは、携帯電話向けのサービス提供にあたり、このセキュアエレメントを別途チップとして本体に実装する、あるいはSIM (USIM)カードにアプリケーションとして実装するという2種類の方法を用いている。この著名な事例は韓国のほか、フランスのニースなどでみられる。NFC対応の携帯電話を用意し、ここにセキュアエレメントを組み合わせて「海外版おサイフケータイ」を実現しているわけだ。現在海外で主力となりつつあるのが「セキュアエレメントをアプリケーションとしてSIMカードに実装する」方法で、携帯キャリアがSIMカードと一緒にICカードサービスも提供し、課金代行まで含めて管理するスタイルだ。

一方で、このMifareのセキュアエレメントはFeliCaとは互換性がないため、日本でNFC対応端末を用いておサイフケータイを利用するには、別途FeliCa用のセキュアエレメントを実装しなければならない。ところが現在、SIMにアプリケーションとして実装する方法ではFeliCaの利用要件を満たせず、ハードウェア的に別途セキュアエレメントの実装が必要になっている。NTTドコモなど国内大手3社が「2012年までにおサイフケータイをNFC対応させる」と表明して話題になっているが、この正体は「SIMカードにMifareのセキュアエレメントをアプリケーションとして搭載しつつ、別途携帯電話本体にFeliCa用のセキュアエレメントを搭載する」というハイブリッド方式のことを意味する。ちょうど下記の図版でいう真ん中の「Interim Solution」にあたる部分だ。最終的にはSIMカード上にすべてのセキュアエレメントをアプリケーションとして実装し、チップ方式でセキュアエレメントを実装するのを止め、端末コスト削減と同時にグローバル端末での互換性を高めるのが狙いとなる。当初、NTTドコモは「2014年」をこの移行ロードマップ完了のタイミングと表明しているが、諸所の理由から厳しいというのが筆者の見方だ。

フェリカネットワークスが示すモバイルFeliCaからNFCへの移行ロードマップ

なぜこのようにまわりくどい方法が選択され、どうして2方式の存在がデメリットになるのだろうか? まず、方式ごとにセキュアエレメントをチップで搭載すると("Embedded"と呼ばれる)、チップ実装分の面積やコスト上のデメリットがある。そこでSIMカード上にアプリケーションとして集める方式が選択されるわけだが、前述のようにFeliCaはパフォーマンスや暗号強度の問題からSIMカードへの実装が難しい。そこでMifareのType AとType Bのみ、まずSIMカードへと移動させ、FeliCaは追加チップとしてEmbedded方式での実装が行われる。FeliCaをソフトウェアで実装した際に最も問題になるといわれているのが「Suica」といわれており、同社が要求するミリセカンド単位のレスポンスが実現できない可能性があるとJR東日本では説明している。今後の検証で改善する可能性はあるが、これが「2014年までの実現は難しい」と筆者が考える理由の1つだ。FeliCaを擁するソニーとしては顧客の要望実現が第一であり、これを無視してまでSIMカードベースへと移行はできない。

そしてこれが、Galaxy Nexusのようなグローバル端末で「おサイフケータイ」をサポートできない理由でもある。これら端末ではNFCのインターフェイスを搭載するものの、FeliCaのセキュアエレメントは搭載していない。今後時間を経てFeliCaがSIMベースに移行した際には利用可能になるかもしれないが、現状では当面のところハイブリッド方式の「Interim Solution」を採用せざるを得ないし、仮にSIMベースへの移行が完了したところで、そのころには端末そのものの寿命が到来しているだろう。このInterim Solution方式は、日本のおサイフケータイとNFCに両対応した端末であればグローバルに利用できるものの、逆に海外のグローバル端末を日本に持ち込んでもおサイフケータイは利用できないことを意味する。これが最大のデメリットだ。

さて、携帯電話におけるNFC利用ではまだほかにいくつか問題がある。その1つがセキュアエレメントの実装方法で、主に次のような方式がある。

  • SIMカードにアプリケーションとして導入(USIM)
  • 携帯電話本体にチップを組み込み(Embedded)
  • 上記2つ以外の場所に実装(例えば、SDカードなど)

大勢力としてはUSIMとEmbeddedの2方式で、現在欧州などを中心に実証実験がスタートしているNFCの導入事例ではほぼUSIM方式が選択されている。キャリア主導という側面もあるが、GSMAなどの業界団体ではこのUSIM方式を前提に話が進んでいる印象を受ける。一方のEmbedded方式の代表的なものが「Nexus S」で、こちらはICカード情報をSIMカードではなく、携帯本体へと保存していく。どちらの方式がメリットがあるのかは判断が難しいが、前者は「SIMカードを中心に戦略を進めるキャリア主導の方式」、後者は「端末に依存しており、キャリアの束縛とは別にサービス提供を目指す方式」といえるかもしれない。NFCでは毎回紛糾するテーマだと思われるが、少なくともGoogleは後者の方式を選択しており、キャリアからは独立した方式を選んでいるように見える。個人的には、間もなく登場するGalaxy Nexusが、どのようにセキュアエレメントを実装してくるのかが気になるところだ。これで、GoogleがNFCで目指す未来がおぼろげながら見えてくるからだ。