変形する月面ローバー

ローバーの開発を担当するのは、小惑星探査機「はやぶさ」の開発にも携わった東北大学大学院工学研究科・航空宇宙工学専攻の吉田和哉教授。今回、記者会見ではローバーのプロトタイプモデル「PM-1」が披露されたが、「コンパクトにシンプルに設計した」と吉田教授はポイントを説明する。

吉田教授によれば、レゴリス(月面の細かな砂)のような柔らかな地面の上では、車輪が大きな方が有利なのだという。ただし、ローバーの搭載スペースはそれほど大きくはない。重量も10kgという制限がある。その中で最大限の大きさを獲得するために、打ち上げ時には畳んだ状態で格納しておき、月面で展開するという仕組みを採用した。

なんとローバーが変形! 月面で展開して大きくなる方式を採用

レゴリスの上を走行できるように、なるべく車輪を大きくした

展開後のサイズは、55(H)×46(W)×49(D)cm。車輪の直径は20cmだ。1分間に10mの走行が可能で、GLXPで求められている500mという距離であれば、何もなければ50分程度で走破できる。モーターの数を最小限にするためにステアリングはなく、左右の速度差で回転する仕組み。段差があっても4輪全てが接地できるような工夫も施されている。

段差があっても全車輪が接地していることに注目。10cmまでなら乗り越えられるという

センサとしては、前方にレーザーレンジファインダー(LRF)を設置。ローバーの操作は地上からの遠隔操縦が基本だが、LRFにより地形の3次元形状を認識しており、もし人間の操縦にミスがあっても、崖下に転落しないような自律的な制御が可能だ。

レーザーレンジファインダー(LRF)で3次元地形を把握する

本体前面の開口部にあるのがLRF。赤外線レーザーで周辺をスキャンする

画像の撮影用には、天頂部に全方位カメラを用意した。PM-1には搭載されていないが、フライトモデル(実機)にはナビゲーション用として、前後にHDカメラも搭載する予定。

温度環境が厳しい月面

ローバーで懸念されているのは熱の問題。月面では日向で100℃以上、日陰では-100℃以下にもなるが、WLSのローバーは小型で熱容量も小さいため、日光に炙られると温度が上がりやすい。人工衛星で使われるようなMLI(多層断熱材)を使うとしても、内部の温度を維持するのは難しい。

かといって、夜は夜で厳しい。太陽電池による発電ができないので、大きなバッテリが必要だ。さらに温度が下がりすぎないように、今度はヒーターを搭載しなければならない。月面では、2週間の昼間と2週間の夜間が交代で訪れる。昼も夜も、乗り越えるのは大きなチャレンジだ。

こういった難易度の高さから、GLXPでは越夜にボーナスがかかっているくらいなのだが、小型のWLSローバーでは、これはすっぱり諦める。なるべく「朝」の領域に着陸してもらって、熱い「昼」になるまでの1週間を活動期間として想定する。GLXPのミッションを達成した後は、個人サポーターのローバー操縦や独自ミッションを実施する予定。

今回のPM-1は地上での試験用のため、熱対策は全く取られていないものの、今後、宇宙用の設計にしたエンジニアリングモデルを開発して、熱真空テストや振動テストなどを実施。その後のフライトモデルの設計に反映させる。

GLXPには、米Astrobotic Technologyといった有力チームもあるが、「米国にはベンチャーが資金調達しやすい環境があって、彼らはNASAのプロジェクトで経験も積んでいる強力なチームだが、技術力では引けを取らないと思っている」と吉田教授。資金面での問題さえクリアできれば、「十分対抗できる」との見通しを示した。