乗車派、模型派、時刻表派、撮影派、鉄道ファンにもいろいろある……とはよく知られた話。同じ鉄道ファンでも各派によって用語も異なり、会話が通じないこともある。今回は撮影派、いわゆる「撮り鉄」が使う言葉を集めてみた。

聞きなれない言葉も、意味を知れば納得できるかも?

ナナサン

「新型特急電車の写真を撮ってきたんだって?」
「そうなんです。でも、なんか角度がしっくりこないんですよ~」
「なるほど、バランスがイマイチだね。まずはナナサンを練習したら?」

「ナナサン」とは「7対3」の意味。車両を撮影するときの側面と前面の比率だ。側面を7割、前面を3割の比率で撮ると、その車両の全体像を把握しやすいといわれている。鉄道会社が発表する新型車両の広報資料や、鉄道雑誌の車両紹介にもよく使われている。車両の姿を記録する写真を「形式写真」というが、その定番の構図が「ナナサン」だ。

ほぼナナサンで撮った富士登山電車

定番的なアングルだけに、資料的な価値はある一方、面白みがないという意見も聞く。鉄道写真講座などの記事では、「ナナサンを卒業しよう」などと書かれる場合も多い。ナナサン写真ばかり撮っていると腕前を評価されにくい。しかし、初心者にとっては基本のアングルを練習したほうがいいかもしれない。

ちなみに、「乗り鉄」の筆者が撮る写真はナナサン写真ばかり。乗った車両を記録するためだから、定番のアングルで十分なのだ。

マルイ

「鉄道写真に必要な道具って、カメラ以外になにかあります?」
「うーん、クルマかなあ」
「え、鉄道ファンなのにクルマで移動するんですか!?」
「そう。だって、マルイじゃ建物入りの写真ばかりになっちゃうでしょ?」

「マルイ」は若い世代の撮り鉄には絶対通じない。語源は鉄道でもカメラでもなく、なんとファッション業界だ。新宿や渋谷などに出店している「○|○|」のマークでおなじみの百貨店、マルイである。

マルイはかつて、テレビCMで「駅のそばのマルイ」をキャッチフレーズにしていた。これが転じて、「駅のそばで写真を撮る=マルイ」となった。

東急池上線雪が谷駅のそばの踏切から

もっとも、このCMは筆者(40代)が子供の頃によく流れていたわけで、しかも関東ローカルだったと記憶している。だから「マルイ撮り」は50代以上の関東在住の年配撮り鉄しか使わないような気がする……。

コーサイカイ

「今日はホームにカメラを持った人がいっぱいいるね」
「ああ、さっき聞いてみたら、廃車回送があるらしいよ」
「なるほどね。だからコーサイカイが大盛況ってわけだ」

「コーサイカイ」も若い鉄道ファンには伝わりにくいだろう。ただし、全国区の言葉ではある。語源は鉄道弘済会から。鉄道弘済会は財団法人で、国鉄時代に駅の売店を運営していた。駅の中で営業する鉄道弘済会にかけて、駅の中で撮影をする人やその行為を「コーサイカイ」と言うらしい。

もっとも、鉄道弘済会の売店は1973年に「キヨスク」という愛称に変わった。また、鉄道弘済会の駅売店事業は1987年の国鉄民営化で終了し、「東海キヨスク」「東日本キヨスク(現在はJR東日本リテールネット)」などJR系企業が継承している。だから、この言葉も年配の鉄道ファンしか使わないだろう。

駅構内で撮影した一畑電車。安全な場所で、他の利用者の邪魔にならないように注意しよう

鉄道弘済会は財団法人で、国鉄で働く人が事故や病気で鉄道の現場で働けなくなった場合や、殉職した場合の遺族に職場を提供するために設立されたという。鉄道事故の減少により、現在はさらに広範囲な福祉活動を実施し、保有不動産の賃貸や、駅売店への新聞雑誌の取次事業を収益源としている。「JR時刻表」を発行する交通新聞社も、かつて弘済出版社という名前だった。鉄道弘済会が出資していたからで、現在はJRグループなどの出資になっている。

お立ち台

「次の駅を出て左側に、カメラを持った人がいっぱいいるはずだよ」
「知ってる。踏切の先の公園だね」
「SLと紅葉が撮れるお立ち台として人気らしいからね」

「お立ち台」といえばバブル時代のディスコ。ふわふわの扇子を持ったワンレンボディコンの女の子が立って……って、これも20代にはピンと来ないか(笑)。

当時は流行語大賞の候補にもなったけれど、もちろん鉄道趣味とはまったく関係ない。撮り鉄の用語で「お立ち台」といえば、鉄道写真を撮影する名所を指す。たとえば、「海を背景に赤いディーゼルカーを取れる場所」や、「ゆるい上り勾配で手前にカーブがあり、煙をもくもくと出しながら走る蒸気機関車を正面から撮れる場所」などが選ばれやすい。

こうした絶景ポイントは、プロの鉄道写真家が漁師の穴場のごとく秘密にしていたものだけど、最近はブログで紹介されたり、インターネット地図サービスでポイントを共有できるようになったりして、定番の撮影スポットになっている。休日になると鉄道ファンが必ず立っているため、「お立ち台」と呼ばれている。

「お立ち台」より旧余部橋梁を撮影

撮影に便利な時刻表が立てられていた

山陰本線の餘部駅付近には、余部橋梁を見下ろせる展望台がある。ここはお立ち台として有名で、ここから撮った写真はカレンダーや雑誌に何度も登場した。余部橋梁の架替工事のためいったん閉鎖されたものの、再開を望むファンの声に応えて地元自治体が整備し、再び公開されている。

公式側 / 非公式側

「電気機関車の写真を撮ったんだって?」
「ええ、模型の制作の参考にしようと思って」
「あれ!? 全部公式側だね。参考資料なら非公式側も撮らなくちゃ」
「えっ、それってどういう意味ですか?」
「電気機関車は公式側と非公式側で窓の位置が違うんだよ」

「ナナサン」でも触れたように、鉄道車両の記録写真を「形式写真」という。このとき、車両の側面を「公式側」「非公式側」と区別する場合がある。「公式側」とは、鉄道車両の形式図で、前方を左に描かれた側。その反対側が「非公式側」だ。日本のほとんどの蒸気機関車は運転席のある側が公式側となる。

電気機関車や運転台のない客車、電車の中間車などは、どちらが前かわかりにくい。電気機関車は、主な制御機器が配置された側が前、その反対側が後ろだという。「1エンド」「2エンド」という言い方もある。そして前、つまり1エンドを左向きにした側が公式側だ。客車は手動ブレーキがある側が前、電車は制御回線の引き通し線がある側が公式側とのこと。ここまでになると、車両の設計に詳しい人でなければわからないだろう。

上の会話の場合、どちらが公式か非公式かはともかく、「同じ車両でも側面の窓の配置は違う、だから写真は両側を撮ろう」と理解できればよい。

さて、こちらはどっちでしょう……? そう、「公式側」です

知れば知るほど奥深い鉄道趣味用語の世界。これからも新しい言葉が生まれ、古い言葉が消えて行くだろう。ただ、先輩諸氏には失礼ながら、由来が古すぎる言葉を使われても、正直なところ……困るよね(笑)。

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