Steve Jobs氏が、Appleの最高経営責任者(CEO)を退任した。今後はボードメンバーの議長兼ディレクターとして同社に留まるが、米国企業においてボードメンバーとは経営の"監視役"であり、彼の場合はかねてから健康問題を抱えていただけに、これを機に一線を退くものと考えてよさそうだ。残念だが、今後彼のプレゼンテーションを見ることはできないだろう。

それにしても、コンピュータのみならず音楽や通信、モバイルの分野にまで及んだ彼の影響は計り知れない。そこで今回、Apple復帰後から現在まで、本誌に掲載された記事と写真を引用しつつ、彼の功績をたどってみよう。

経営者としての功績

Jobs氏の功績は、大きく3つに分けることができる。1つめは、倒産間近とまで囁かれていたAppleの経営を立て直し、時価総額世界一の企業にまで躍進させた「経営者」としての功績。2つめは、iPodおよびiTunes Storeを世に送り出すことで音楽業界を変えた「変革者」としての功績。そして3つめは、iPhoneとiPadを形にしてポストPCの姿を示した「理念者」としての功績だろう。

1つめの「経営者」としての功績は、株価というものさしにより定量評価できる。1996年末の復帰直後は1株あたり約22ドルだった株価は、翌年前半には一時10ドル前後にまで低迷した。そして彼がiCEO(interim CEO:暫定最高経営責任者)に就任し、Microsoftから1億5,000万ドルの資金提供と、Mac版OfficeおよびInterenet Explorerの提供を受けることを柱とした業務提携策を発表してからというもの、株価は上昇傾向に転じる。

その後iMacやiPod、iPhoneといったヒット商品にも恵まれ、先日ついにAppleは時価総額で世界トップの企業となった。彼がCEO職(iCEO含む)にあった14年間で株価は約36倍になったこと -- 2回実施された株式分割で発行済株式総数は4倍に膨らんだ --、それだけでも彼の経営者としての評価材料となるだろう。

MACWORLD Expo/San Francisco 2000でのSteve Jobs氏。もちろん黒タートルにジーンズという出で立ちだ

MACWORLD Expo/Tokyo 2000での写真。掲げているのは、グラファイトカラーの「iBook Special Edition」

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変革者としての功績

iPodが発表された2001年当時、Macユーザを除く世間での評価はそれほど芳しいものではなかったと記憶している。ホイールを回転させる操作性こそ評価されたものの、いかんせんMac専用機であり、399ドルという価格には疑問符が付いた。しかし、間もなく世界的な大ヒット製品となったのはご存知のとおりだ。

このiPod、製品コンセプトを考案したのはJobs氏本人ではないかもしれないが、それまでポータブルオーディオ市場で揺るぎない地位を確立していたウォークマンを抜き去る製品に押し上げたのは、彼の力に負うところが大きい。iPodという製品は、単なるオーディオプレイヤーではなく、ソフトウェアとしてのiTunes/iTunes Storeと両輪の関係にあり、そのコンテンツが充実していく過程で彼個人の力量が大いに発揮されたからだ。

音楽レーベルとの契約には、Jobs氏自らが説得に回ったことはよく知られている。iTunes Storeで映画の配信がいち早くスタートしたのも、彼がPixar社のCEOでもあり、コンテンツ事業を熟知しハリウッド方面に顔が利いたこともあるだろう。

DRMフリー化への道筋をつけたのも、彼の功績といえる。コンテンツのデジタル配信という誰もが初めて直面する事態に際し、Apple独自のDRM(Fairplay)は契約上やむを得ない部分はあるが、消費者にとってはDRMフリーが最善の選択肢だ、という考え方を早い段階で明らかにし、以来Appleはその方針を堅持している。

ともあれ、iPodとiTunes/iTunes Storeの出現により、音楽の聴き方と入手方法は確実に変わった。そのスムーズな実現に彼個人の考え方と行動力が大きく寄与したことは、疑いのない事実だろう。

iPod shuffleを発表した2005年Macworld SFでの写真。この頃はまだふっくらしていた

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理念者としての功績

Jobs氏が高く評価される理由として、「ブレなさ」が言及されることが多い。明確な理念を掲げ、妥協せずにあるべき製品/サービス像を追求するその姿勢は、彼という人物の真骨頂かもしれない。逆にいえば、彼はCEO就任当初から現在のAppleの姿が念頭にあったのだろう。

Intelプラットフォームへのスムーズな移行は、その好事例だ。「実はMac OS Xには……隠された二重生活があった」として、Intel製CPUを搭載したMacの研究をだいぶ以前から秘密裏に進めていたことを明らかにしている。OS Xに採用されている「Mach-O」が、マルチプラットフォームに対応させやすいバイナリフォーマットであることはよく知られていたものの、周辺機器の対応やアプリケーション開発などサードパーティにも影響が大きいテーマであるだけに、慎重さが要求されたのだろう。PowerPCコードをIntelコードへ即時変換する「Rosetta」の提供や、LeopardからSnow LeopardへとOSをバージョンアップするつどPowerPCサポートを後退させていったあたりも、計算づくだといえる。

そしてなにより、iPhoneとiPadというモバイルデバイス、そしてそれを支える屋台骨としてのiOSへの注力が、彼の理念の一貫性を示している。初代Macintoshに使われたキャッチコピー「The Computer For the Rest of Us」、すなわち誰でも使えるコンピュータこそがあるべき姿であり、iOSデバイスがそれに近い存在なのだ。

Jobs氏は、Wall Street Journal主催のイベントで、「Windowsパソコンはトラックのようなもの」であり、パワーステアリングやオートマチックトランスミッション的機能を備えたiPadのような製品がとって代わる、と述べている。Macにこそ直接言及はしていないが、彼が思い描く"ポストPC"にはiOSデバイスがより近いのだろう。

残念ながら、Jobs氏のCEO在任中に"ポストPC"の全体像を目にすることはできなかったが、OS X Lionでは一部機能においてiOSとの融合が始まったこと、音楽やアプリなどコンテンツの同期が可能なクラウドサービス「iCloud」がスタートすることから判断すれば、おぼろげながらその姿が見えてくる。彼はこれで一線を退くが、今秋登場する新製品/サービス群は、彼の理念を反映していると確信している。

2008年10月のJobs氏。このあと同氏は肝臓移植手術を受け、2009年6月まで休職した

CEO在職中最後の基調講演となったWWDC 2010でのショット

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