将来のスーパーコンピューティング技術の取り組みについてのパネルは9人のメンバーで行われた。

技術の取り組みパネルのメンバー。古村教授は右から3人目

技術の取り組みパネルのコーディネーターの土居名誉教授

今回の津波の解析などを行った東大の古村教授のパネル発表では、津波のシミュレーションは観測とよく一致したが、64ノードの(新)地球シミュレータを用いて2時間かかっており、地震の発生からリアルタイムにシミュレーションを行っても結果がでるのは津波が到達した後になってしまい、残念ながら防災の観点からは何の役にも立たないと反省を述べられた。このため、沖合に設置したケーブル津波計のデータを入力として高速でシミュレーションを行うというシステムの構築を始めたという。津波計の設置はすでに始まっており、「京」のような高速のコンピュータと結べば、津波到達前にシミュレーションができ、精度の高い警報が出せるようになるという。

東大の常行教授は、燃料電池や太陽電池の効率アップや希土類や貴金属などを使わない磁石や触媒の開発に関して、スパコンが役に立つことから、従来の定性的な現象解明のレベルから定量的なマテリアルデザインができる時代になって来ている。しかし、性能が出るようにするにはアプリとハード側が情報共有することが重要と述べた。

理研の姫野氏は、生命現象の解析には分子から人体まで8~9桁のサイズの違う解析が必要である。その中の一例として、10PFlopsの「京」では細胞1個の詳細なシミュレーションができるようになり多くの知見が得られると期待されているが、細胞間の作用を解析して代謝病、がん、免疫疾患の治療などに応用が出来るようになるにはExaFlops、あるいはそれ以上の計算パワーが必要になるとした。また、遺伝子情報を解析するシーケンサーの性能が上がり、大量のデータを高速に出力するので、それの解析には高速のスパコンが必要であるし、究極の個人情報である遺伝子情報を扱うにはセキュリティが重要になると指摘した。

気象庁の室井氏は、天気予報は、現在は地球全体のモデルは20km格子で作成されているが、台風などの動きを精度よく表すためにはもっと細かい500mかそれ以下の格子が必要である。しかし、計算量は格子を細かくすると格子サイズの4乗程度に比例して増加するので強力なスパコンが必要になるという。

これらは一例であるが、これ以外の多くの分野でも次世代のExaFlopsレベルのスパコンが必要であるという認識が示された。

また、文科省としては昨年8月にHPCI(High Performance Computing Infrastructure)推進委員会(主査:土居教授)を設け、会合を重ねて進め方を検討してきており、以下のような方針を出していることを土居教授が紹介した。

  1. 取組の基本的な考え方
    A. 社会や研究開発への適用を考え、コンピュータアーキテクチャ、ネットワーク、ソフトウェアなどの技術開発に総合的に取り組み、全体として最適化する
    B. まず、社会的・科学的課題を如何に解決するのかという視点に立ち、どのようなHPC技術が必要かを考えるというアプローチを取る
  2. 検討の方向性
    A. 課題に応じた複数のHPCシステムを追求するというスタンスに立つ
    B. スーパーコンピュータのみならず、センサやネットワーク技術、データ処理技術などについてもあわせて検討する
  3. 具体的な取り組み
    A. 今後の開発を担う若手を中心に、幅広い産学官の関係者による検討を開始する
    B. 「アプリケーション」、「コンピュータアーキテクチャ」、「コンパイラ・システムソフトウェア」の3つの検討グループが緊密に連携しながら検討を進めていく体制を立ち上げる
    C. 本年中に複数の追求すべきHPCシステムとこれを開発していく体制案をとりまとめ

そして、このHPCI推進委員会の方針と、当日の議論を踏まえて、シンポジウムのまとめとして次のように総括した。

  • 取り組む課題を見据えたうえで複数のHPCシステムを検討
  • 具体的なHPCシステムの検討は、これをどのように活用するかのかということを出発点とする
  • このため、まずは、計算科学研究者による必要なHPCシステムの提案を期待する
  • 産学官の関係者を結集し、アプリケーションソフトウェア開発者、コンピュータアーキテクチャ開発者、システムソフトウェア開発者が一体となって開発体制を構築することが必要だと考える

土居教授のまとめには産学官という文字があるが、HPCI推進委員会の10人のメンバーの中で産業側の委員は3名であり、それも所属は日経新聞、ソニー、東芝となっており、いわゆるコンピュータメーカーやスパコンを使うアプリの開発とは関係が薄いのではないかと思われる。前に触れた米国のKogge教授が主査を務めた委員会では、22人の委員の内、産業界からは5人であるが、IntelのSekhar Borkar氏、CrayのSteve Scott氏などのテクノロジやスパコンを代表するメンバーが入り、さらに、IBM、HP、Micron Technologyがメンバーに入っている。そして、当時はスタンフォード大学であったが、現在はNVIDIAのBill Dally氏もメンバーに入っており、実際に開発に参加する企業からのメンバーが揃っている。

日本の企業としては、開発予算がつき採算の評価がつかないと参加には踏み切れないのかも知れないが、学官だけで検討を進めても物は作れないので、早く本当の産学官の体制を作ることが重要であろう。

また、目的別に複数のHPCシステムを検討することになっているが、複数システムの開発の必要性を納得させ、予算が獲得できるかというめどを早くつけることが必要ではないかと思う。加えて、開発を担当するメーカーが確保できるかも問題である。一生懸命に検討したが、最後の段階で実現できないというような事態になると悲劇である。

いずれにしても我が国のポスト「京」は緒についた段階で、早急にオールジャパンの産学官の体制を確立することが必要という状況である。