先日、「京」コンピュータが8.162PFlopsを達成し、中国の天河1Aに3倍以上の差をつけてTOP500の1位になったばかりで、ポスト「京」コンピュータは気が早すぎると思われるかもしれないが、そんなことはない。

もちろん、先日の某紙の指摘のようなTOP500の1位にそれほどの意味は無く、いかに役立つ成果を上げるかが重要ということは関係者は十分承知しており、各アプリケーションの開発グループは「京」の使用にむけてアプリケーションの準備に余念がない状況である。

しかし、次のスパコンについても並行して考えていかなければならない。図1にTOP500の1位と500位のスパコンの性能とTOP500全部(500システム)のスパコンの性能の合計の年次推移のグラフを示す。

図1 TOP500 合計および1位と500位の性能推移(出典:TOP500 Webサイト)

一番上のTOP500合計のラインと一番下の500位のラインは非常にスムーズで、このTOP500全体の傾向が安定しており、信頼できるものであることを示している。TOP500 1位のラインはぶっちぎりのシステムが出現するとステップで上がり、しばらく、そのシステムの1位が続くので階段状になる。この1位のラインを延長すると、2019年6月に1ExaFlopsに達している。このため、業界では2019年、階段状のステップの上がり方によっては2018年に1ExaFlopsを超えるシステムが出現すると予想されている。

図2は、「京」コンピュータの開発スケジュールである。この図に示すように、2006年度から概要設計が始まり、製造が終わるのが2012年3月となっている。なお、今回のTOP500 1位となったシステムは全体の8割程度の規模で、まだ、製造は終わっていないのであるが、この工程よりも製造スケジュールは半年程度は前倒しで推移していると思われる。

図2 「京」コンピュータの開発スケジュール(出典:理研の次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトのWebサイト)

図2にみられるように、トップレベルのスパコンの設計、製造には5~6年の時間がかかる。また、この前に2005年度からスーパーコンピュータの要素技術開発というプロジェクトが行われており、これを含めると6~7年のリードタイムとなる。つまり、2018~2019年に1ExaFlopsの世界トップクラスのスパコンを開発しようとすれば、 2013年には概念設計を始める必要があり、それに先立つ要素技術の開発は2012年から始める必要があるという計算になる。実際には、技術チャレンジのレベルは「京」世代より大きいと見られており、その分開発期間を長くとる必要がある。ということで、もう、既に開発に着手していないと遅いという状況になっている。

米国では以前から次世代のExaFlopsスパコンへの取り組みがスタートしており、2008年5月にノートルダム大学のPeter Kogge教授を主査とする委員会のスタディレポートが作成され、昨年からDARPAのUHPCプロジェクトが開始されている。この米国の動きに対して、日本は、既に3~4年遅れていることになる。

6月27日、28日の両日、東京大学(東大)で「これからのスーパーコンピューティング技術の展開を考える」というシンポジウムが開催された。このシンポジウムの中で、「将来のスーパーコンピューティングへの挑戦」と「将来のスーパーコンピューティング技術の取り組みについて」と題するパネルディスカッションが行われた。

将来のスーパーコンピューティングへの挑戦に関しては、アプリケーション側とコンピュータサイエンス側から各4名のパネリストが発表を行った。

将来のスーパーコンピューティングへの挑戦パネルのメンバー

将来のスーパーコンピューティングへの挑戦パネルのモデレータの宇川教授

産業技術総合研究所(産総研)の池上氏は、クロックが上がり、昔のプログラムのままでドンドン性能が上がるFree Lunchが終わったというのはやむを得ないが、スパコンの世代ごとにマシンアーキテクチャにあわせてプログラムを作り直す毎回フルコースは勘弁して欲しい。ソフトウェアの寿命が長くなるように考えて欲しいという、当然の要望が出された。また、通信に関しては全ノード一様でない階層的なネットワークでも良いが、100ノード程度は超低レイテンシで短時間で通信できるようなものが欲しいとのことである。

東大の藤谷教授はD.E.Shaw研究所の分子動力学計算専用機のANTONの成功を指摘し、専用機も考慮に入れるべきと指摘した。また、東京工業大学(東工大)の牧野教授もカスタム設計の専用機の効率の高さを指摘し、自由度が小さく並列計算に向かず、長時間の計算が必要という問題も多く存在し、1億並列になると言われるExaFlopsシステムのような超並列だけで良いのかという疑問を呈した。

コンピュータサイエンス側の東大の中村教授は消費電力の制約下で演算能力とデータ供給能力をバランスよく向上させることと、アプリケーションの長寿命化を可能としてその開発コストを低減することが重要と述べた。そして各種の設計トレードオフをうまく選ぶことが重要であり、ハード、ソフト、アプリの3者が一緒に検討するC-Designが重要と述べた。

プログラマにハードウェアどのように見せるか、そして、アプリの長寿命化を実現するかの重要性は東大の田浦准教授も指摘し、アーキテクチャの決定には地道にケーススタディを繰り返す必要があることを指摘していた。