レノボ・ジャパンが新たに市場投入する「ThinkPad X1」は、従来の"クラシック"なThinkPadの延長線上にありながら、大幅なデザインチェンジが施された意欲的な新製品だ。今回、同機の開発担当者から直接お話を伺う機会を得た。概要は先日の発表記事をみていただくとして、本稿では、もう少し踏み込んだ「X1」の詳細をお届けしたいと思う。

「ThinkPad X1」

今回の取材に応じてくれたのは、レノボ・ジャパンの常務執行役員であり、同社の研究・開発部門でノートブック製品を担当する横田聡一氏と、ノートブック製品の製品開発統括担当の立場にある田保光雄氏のお二人だ。先ごろ、ThinkPadの研究開発拠点として知られる「大和事業所」が横浜のみなとみらいに移転したが、お二人とも、普段はそこを拠点にThinkPadの研究開発に深く携わっている。

レノボ・ジャパンの常務執行役員であり、同社の研究・開発部門でノートブック製品を担当する横田聡一氏(右)と、ノートブック製品の製品開発統括担当の立場にある田保光雄氏(左)。田保氏が手にしているのが「ThinkPad X1」だ

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--- 最初に大前提として、今回のThinkPad X1ですが、今までのThinkPadとは、様々な面でだいぶ印象が異なります。レノボだと、ほかにも海外の研究開発拠点がいくつかあるわけですが、X1は、これまでのThinkPadと同様の100%大和事業所の手によるThinkPadなのですか?

横田氏: 大和が中心となった、100%大和の血でできたプレミアムモデルです。

--- 安心しました。私的で申し訳ないのですが、ThinkPadファンのひとりなので、とても気になっていて(笑)

--- さて、今回のThinkPad X1ですが、まずお聞きしたいのは、何と言っても「薄型化」についてです。最薄部で16.5mmというのは、ThinkPadの歴史上でも最も薄いとされています。実際、私も製品発表会でThinkPad T410sやT420sと比べてみたのですが、圧倒的に薄い。

一方で、搭載しているCPUはパフォーマンスノートで積むような通常電圧版です。こういった限度を超えた薄型ノートの場合は、たとえ性能は犠牲になったとしても、低電圧版のCPUを積むことが多い。レノボの製品でも、前世代で超薄型コンセプトのノートであった「ThinkPad X300」や「X301」では、やはり低電圧版のCPUが採用されていました。どういった工夫でここまでの薄さを実現できたのでしょうか?

「ThinkPad X1」の"薄さ"はThinkPad史上最薄をうたう

左がT410sで、右がX1。天板を閉じたX1の厚みは、T410sの本体側をほぼ同じ

ともに左がT410s、右がX1。T410sも薄型コンセプトなのだが、X1と並べると厚く見えてしまう

田保氏: 薄型化で最大の障害となるのは、まずは「熱」です。X300などでは、この熱の問題があり低電圧版を利用することになりました。プロセッサからは、通常電圧版であれば、熱が多く発生するわけですが、さらに、薄型化をするにあたっては、冷却ファン自体も薄型化をしなくてはいけない。ですが、冷却ファンを薄型にしてしまうと、風量が減ってしまう。となると、ファンの回転数を上げるわけですが、しかし、回転数を上げていったところで、エアフローの効果は逓減していってしまうのです。もちろん動作ノイズの大きくなりますし、これでは駄目です。くわえて、ファンの薄型化ですが、単純に薄くするだけだと、冷却ファン自体の信頼性も下がってしまう。壊れやすくなってしまいます。

なので、薄型化にあたっては、新しい冷却ファンの開発というのが、非常に大きなトピックとなりました。そこで今回は、まずは冷却ファンを駆動させるモーターからして、新しい小型モーターを開発するところからやり直しています。冷却ファンについては、それを構成する部品のひとつひとつからのレベルでも、非常に、部品としての精度の高いものを採用しています。シミュレーションを何度も繰り返し、テストサンプルだけでも10種類以上用意したと思うのですが、実機テストも何度も繰り返しました。ようやく、十分な風量を持ちつつ、高信頼も獲得できた薄型冷却ファンを実現できました。

ThinkPad X1の内部基板など。非常に薄型だが効率と耐久性に優れる「第5世代ふくろうブレード・ファン」が薄型化実現の大きなポイント

--- それが今回のX1に採用されている「第5世代ふくろうブレード・ファン」(注: ふくろうブレードとは、ふくろうの羽の形状がヒントになったとされる、歴代ThinkPadの冷却ファンで採用されている特殊形状のファンブレード)なのですね。冷却ファンも、ThinkPad史上最薄と聞いています。

田保氏: もうひとつ薄型化で障害となるのは、ボディが"もろく"なってしまうことです。ThinkPadですから、薄くても頑丈でなければならない。まず、本体側、メイン基板がある方ですね。これはマグネシウム製のカバーで堅牢性をだしている。マグネシウムのベースカバーと、キーボードのマグネシウムカバーで挟み込んでいます。

マグネシウムのベースカバーと、キーボードのマグネシウムカバーで挟み込む「ロールゲージ」の構造で内部を守っている。写真はキーボード側の表裏を写したもの

これはメイン基板が置かれるベースカバー側

それらで挟み合わせて、内部をがっしりと守る

--- ThinkPadの上位モデルで定番の「ロールゲージ」ですね。

田保氏: はい。ThinkPad X301に近い構造となっています。そして今回は、LCD側に「ゴリラガラス」を使っています。これは、傷がつきにくいというのもありますが、とにかく頑丈なのが薄型化にも貢献しています。LCDの表側全面をゴリラガラスで覆って、その裏側、天板側はマグネシウムのロールゲージになっています。LCDの方は、ゴリラガラスとロールゲージで挟み込む構造で、堅牢にしています。そうしたことで、薄さは今までで最高なのですが、実は堅牢性も今まで以上になっています。

ディスプレイ表面には、硬いドライバーの先端で叩いてもこすっても、擦り傷ひとつ付かないゴリラガラスを採用した

--- えーと、ということは、もしかしてなのですが、今まで以上に堅牢というのは、ThinkPad X1は、いわゆる大和の「拷問」(注: ThinkPadを角から叩き落したり踏んだり高速振動させたりする製品試験のこと。こちらのリンク先の記事で一部紹介している)は当然クリアしていると。その、X1は四隅が薄く尖ったりしているので、角から落としたりすると大変なことになると思うのですが……。あの拷問テストのレギュレーションだと、角から落としても、塗装が擦れる以上の結果になるとアウトなんですよね?

田保氏: はい。もちろん。これは「ThinkPad」ですので、拷問テストはパスしています。テストのレギュレーションは変えていませんので、割れたり折れたりはしません。

--- それは凄い……。

薄型ボディを際立たせるためもあり、角はかなり鋭角になっているのだが、「拷問」テストをパスしているということは、ここから落ちても割れたりはしないということだ

--- さて、では通常電圧版のSandy Bridgeを積んでいるということに関連して、性能面でもうひとつ質問なのですが、X1では、「Lenovo ターボ・ブースト+モード」という機能を備えていますね。これはどういった機能なのでしょう。Sandy Bridgeのもともと持っているTurbo Boost技術とは違うものなのですか?

田保氏: Sandy BridgeのTurbo Boost技術は、ご存知のとおり、TDP(熱設計枠)の余裕を利用して、高負荷処理時に一時的にCPUの動作クロックを向上させ、性能アップをはかる技術です。Lenovo ターボ・ブースト+モードでは、このクロック向上の状態をできるだけ長く保てるようにすることで、高速処理できる時間を延長させる技術となっています。

どういう仕組みかというと、通常のTurbo Boostでは、熱がTDPいっぱいまで上がってしまうと、クロックアップ状態が終わるわけです。Lenovo ターボ・ブースト+モードでは、ThinkVantageのパワーマネージャーの設定画面から、Lenovo ターボ・ブースト+モードの有効ボタンをオンにしておくことで、先ほど紹介した第5世代ふくろうブレード・ファンを高速回転モードに移行し、X1の冷却能力を強化させることができます。あわせて、CPUのクロックアップの設定も調整されているので、上限クロックでの動作時間を通常のTurbo Boostよりもかなり伸ばすことができているのです。

--- なるほどですね。その分、タスクあたりの総処理時間は効率化できるんですね。ちょっと変わったオーバークロックボタンのようなものですね。

Turbo Boostを拡張する「Lenovo ターボ・ブースト+モード」の概要

実際の設定画面。ボタンを押すだけでモードが移行。動作状態のモニタリングも可能だ

--- さて続いてですが、少し話題を変えて、これも大きなトピックで、キーボードについてです。実は個人的に一番びっくりしたのがココなんですが、いわゆる「伝統の7列」ではないんですね。アイソレーションだし、キーボード下にはLEDバックライトまでついて、何と言うか、"今時スタイリッシュ"なキーボードになっています。

田保氏: 今回のThinkPadでは、今までの"クラシック"ThinkPadから、とにかく変わって見えるようにしたい、スタイリッシュにしたい、ということもあり、おもい切って変えました。この変わったことがわかるように見せたい、今までのThinkPadと違うように見せたいというのは、薄型化の理由でもあったのですが、しかしThinkPadでなければいけない。なのでここは我々としてもとてもこだわったポイントです。見た目は違いますが、実際に打った際の打ち味、キーのフィーリングはこれまでのThinkPadに近づけています。

X1のキーボード。まずアイソレーションタイプになっているのが大きな違い。一方でキータッチのフィーリングは"伝統の7列"に近づけているという

Fn+Spaceキーで、キー下のLEDを光らせることができる。従来のThinkPadで言うところのキーボードライトの代替だが、見栄えの良さへの配慮もあるのだろう

--- あと細かいですが、上下左右の矢印キー、その、キーボード右下の十字キーのところですが、最近のThinkPadではパームレストの部分にくぼみをつけて、キー自体もまでせり出して、打ちやすさにこだわった設計になっていましたね。今回はきっちり長方形のキーボードスペースにコレが収まっています。

田保氏: それは、インダストリアルデザイナーの要望という部分も大きかったのですが、すっきりスタイリッシュに見えるという。あとはバッテリ容量を少しでも稼ぎたいというのもあって、あのようなデザインになっています(注: X1では、パームレスト下がちょうどバッテリの搭載スペースになっている)。

--- バッテリ駆動時間はカタログスペックで最大約5.8時間というのは、この薄型ボディから考えると満足できるレベルですね。バッテリ駆動時間が伸ばせた主要因というのは? それと、これも気になるのが、バッテリが着脱式ではなくて内蔵になっているんですね。それに、リチウムポリマーを採用したのも何か理由があるのですか?

X1のバッテリ。内蔵のポリマータイプなので形状に柔軟性を持たせることができた

実際にバッテリが搭載されている写真。パームレスト下にぴったり余分無く収まっているのがわかる

田保氏: 駆動時間が伸びたのは、バッテリ容量を大きくできたこと、これは主にポリマーにしたことに関係あるのですが、リチウムポリマーですと、セルの形がかなり自由に変えられるので、スペースに無駄の無いバッテリ形状がとれるので、容量が稼げるんです。あとは、低消費電力化で、Sandy Bridgeのプロセッサが優秀なのと、開発では、内部の各所に測定ポイントを数十カ所に設けて、これはかなり細かい測定になっているんですが、すべてモニタリングして見直して、BIOSやドライバレベルでのチューニングもして、ThinkPad全体での省電力化をかなり進めました。

バッテリを着脱できないというのは、容量の件も関係するのですが、あわせて、X1の薄型化のために、バッテリのケース(プラスチックのガワ)分さえも厚さを削りたかったというのがあります。ただ、着脱できない代わりに、バッテリの自由放電のやり方を変えることが出来ました。その結果ですが、バッテリの寿命(充電サイクル回数)を伸ばすことができたんですね。公式には、1000サイクル、1年間のサポート寿命ではありますが、実際には3年間は持つ設計になっています。着脱できない代わりに、その分寿命を伸ばしてカバーしたということです。

--- バッテリついでに少し意地悪かもしれない質問なのですが、ThinkPad X1の液晶ディスプレイは、解像度がやや足りないかな、という印象なのですが。13.3型というサイズだと、どのくらいの解像度にするかは微妙ではありますが、1,366×768ドットですよね。さらに高解像度なディスプレイは考慮されなかったのですか?

横田氏: これは確かに開発でも議論となりましたね。日本の顧客は高い解像度を望むのですが、レノボの製品は世界中で展開するので、ワールドワイドでの意見のとりまとめをしたときに、この解像度に落ち着きました。

田保氏: 高解像度の液晶ディスプレイも考えてはいたのですが、特に海外の声として、文字というか、表示が細かすぎて視認性が悪くなるという声が大きかった。現在の、発表した最初のラインナップでは、まずは様々な声のバランスをとりました。

--- 個人的には、例えば縦が900ドットくらいまでは許容範囲だと思っています。今後のモデルでの高解像度版というのを、例えばCTOの選択肢として用意してもらえることを望みます。是非。

--- 最後に。この表現が正しいかどうかは少し不安があるのですが、あえて言うのであれば、ThinkPadは非常に「保守的」な製品。そして、その保守的な部分にこそ、ThinkPadの独特の魅力が備わっているのだと思っているのですが、「ThinkPad X1」は、ここでの表現で言うところの、保守的とは少し違う製品に仕上がっています。アイソレーションタイプのキーボードの採用などは、ぱっと見ただけでも、ThinkPadユーザーには驚くべき変化であると感じます。大和の開発陣には、私の様なユーザー以上に、こういった変化について敏感な部分があったものと思うのですが、開発陣に中に議論は無かったのですか?

横田氏: 確かに、大和の開発の中でも、様々なことで反対意見はありました。しかし、一方でそれ以上に大きかったのが、「変えたい」という意見です。それで、"とにかく薄くスタイリッシュ"であることを重視したデザインでも、色々な新しい機能でも、これまでのThinkPadでありながら、「これまでのThinkPadとは違うんだ」というのが明確に見えるようにしたかった。

あと、面白い機能で、X1では、"音"にもこだわっているんですね。このクラスとしては、非常に大きなスピーカーを入れているし、Dolby Home Theaterも標準で装備している。例えばX1で映画コンテンツの視聴をすれば、サラウンド効果など、凄くいい音で楽しむことができる。で、音にこだわっているが、企業向けであるんですね。マイクを2個内蔵したりして、騒音カット機能など、会議向けの各種集音モードも充実している。それで、先ほどの音にこだわった機能の部分を活かして、VoIP会議で相手の声が明瞭に聞えるといったメリットも生んでいます。

--- コンシューマ向けに新しいイメージを目指しているIdeaPadではなく、あえてThinkPadでやることで、さらにプレミアムで新しいものを目指したのですね。目標はThinkPad X300系に似ていますね。

横田氏: ThinkPad X1は、エグゼクティブが小脇に抱えて持ってくれる、そんなプレミアムな企業向けノートブックというコンセプトを目指して開発しました。"クラシック"なThinkPadという位置付けの枠内で、「いかに新しいものを目指せるのか」というのがX1でした。この、新しいThinkPadを、というのが大和のスタッフの強い思いでした。

X1のフロント部分。特に端子等は無く、ラッチレスなのも特徴

リア。ACの端子はこれまでのThinkPadと共通だ

左右はこんな感じ。ところどころ端子をカバーで多い、デザイン性を高めているのもX1ならではだろう

これは裏側。カバーで隠れているが、リアの方には拡張バッテリ用の端子も設置されている

カバーで隠れていたが、リアにはSIMカードスロットも。海外向けSKU用なので、国内では未定

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今回、ここで言った保守的という表現は、あとで記事化に当たり思い返してみれば、「伝統を守る」というニュアンスも含んでの表現であったと思う。伝統を守ってきたのがThinkPadのアイデンティティであることに異論は無いだろう。さて、そもそも、過去のThinkPadを振り返ってみれば、「革新的であり、新しいことに挑戦する」というのも、ThinkPadの「伝統」であったはずだ。

その意味でも、今回の「ThinkPad X1」は新しいことに挑戦しており、確かにThinkPadなのだと思う。あくまで筆者の個人的な見立てだが、恐らく今回のX1は、万人受けし、誰もが購入するような類の製品では無いだろうと思う。大衆車とスポーツカーと云々かんぬんといった例えをするまでもなく、まぁ人を選ぶ製品だろう。こういった尖ったコンセプトを、コモディティに寄りがちな成熟しきったPC市場に対して、今でもきちんと製品化して投入してしまう姿勢は、ユーザー視点では、もちろん歓迎すべきことだ。

ところで、レノボは常々、製品に対する「顧客のフィードバック」の重要性を説いているメーカーだ。恐らくは、このX1に対するユーザーの反応は、今後の大和事業所のThinkPad開発コンセプトへも少なからず影響を与えることになるのだろうと考えられる。ともすればX1は、将来振り返ってみた際に、「ThinkPadの分岐点」とされる製品になっている可能性すら持ち合わせているだろう。個々のユーザーがどういった受け入れ方をするのか、今まで以上に楽しみな製品であると感じた。