先日、「AppleがMacのプロセッサを現行のIntelアーキテクチャからARMベースのものへ移行することを検討している」との噂を紹介したが、この噂に対して数多くの反論が上がっている。その理由としては、プラットフォーム移行とサポートにかかる労力は想像以上に厳しく、さらにARMコアを使ってXeonクラスのハイエンドプロセッサを設計するだけの能力がAppleにはない点が指摘されている。さらには先日の新製品で採用されたThunderboltの問題もあり、Appleが今後かなり長い期間にわたってx86を使い続けることになるというのが反論側の予測だ。

一連の反論の口火を切ったのは、Real World TechnologiesのDavid Kanter氏だ。同氏は、過去にAppleが2度のMacアーキテクチャ変更を行ったことを認めつつも、当時アーキテクチャ乗り換えを決心させたほどの動機や素地が現在の市場には整っていないと指摘している。

具体的に言えば、68系アーキテクチャからPowerPCの乗り換えを行った際の動機はパフォーマンス上の問題だった。そして2回目のIntelへの乗り換えの際は、IBMはPowerPCでパフォーマンスこそ重視していたものの、当時Appleが必要としてたノートブック製品ライン向けの省電力製品やデスクトップ向けの適度な性能と値段を持ったコストパフォーマンスの高い製品を用意していなかった。また別の理由として、PowerPC G5リリース前後の供給不安問題もあっただろう。これらに共通するのは「やむを得ず」という部分が大きく、現状のAppleがリスクを冒してARMに乗り換えるのは「ソフトウェアとハードウェアを同時に設計して最適化できる」「ビジネス的に(Intelより小規模な)ARMとの交渉が優位に進められる」といった部分にしかメリットがない。

またKanter氏は次のような項目を挙げ、ARMを選択する難しさとそれを実行するだけのモチベーションがないことを強調している。

  • ARMアーキテクチャは低パフォーマンス向けの設計が行われており、今後数年にわたってx86に見合うだけの性能は実現できない
  • ハイエンド向けに設計されたARMは電力効率でx86にかなわない
  • 移行に際してはARM上でのx86エミュレーションが必須となるが、これはパフォーマンスや効率上のメリットを失わせる
  • Apple自身にハイエンドチップを設計するのに必要な技術者や経験がなく、先日のTri-Gate TransistorにみられるようなIntelの22nm製造技術に匹敵するパフォーマンスを実現できるパートナーやIntelのライバルが存在しない
  • ThunderboltはARMには搭載されない(ライセンス上の問題)
  • GPUなどの重要部品をセカンドソースできるARMベンダーが存在しない
  • IntelやAMDはすでにAppleの需要を満たすだけのアウトプットを行っている

もっとも、これらは既知の条件として多くが認識しているところ。それを加味してなおMacBook Airのような一部ラインにARMアーキテクチャを導入する可能性があるという意見も見られるが、Macという同じ製品ラインで2つのアーキテクチャが混在する状況はサポートや検証の面でAppleにとって大きな負担となり、リスクを避ける意味で選択しないのではないかというのがKanter氏の考えだ。リスクに対してリターンが少ないというバランスの話だといえる。10年先などになればx86に匹敵するだけのアーキテクチャが出現する可能性があることもKanter氏は述べているが、逆にそういったた状況にでもならない限り移行の可能性は低く、少なくとも現状のARMはそうした選択肢にはなり得ないと予測している。

同様の見解は、Computerworldも複数のアナリストの意見を集約して説明している。例えば、J. Gold Associatesの主席アナリストJack Gold氏は「AppleがMacBook Airのような特定デバイスでARMを視野に入れていることは十分考えられる。なぜなら同製品では薄さや軽さが重要だからだ」と説明する一方で、「もしAppleがすべてのMac製品ラインにARMを採用するというのなら、私は驚くだろう」と述べている。他の意見もおおむね同様で、リスクに対するリターンが低いという点で一致している。もしAppleがMac製品ラインでARMを採用する場合、どのような戦略を描くことになるのだろうか。