ハリウッド新進女優によるド派手で華やかな異世界バトルアクションと、重厚で練り込まれたストーリーを両立した奇跡のような映画『エンジェル ウォーズ』。そんな本作の魅力について、株式会社グラスホッパー・マニファクチュアCEOで、『killer7』や『NO MORE HEROES』といったゲームを手がけてきたゲームクリエイター、須田剛一氏にお話を伺った。

須田剛一(すだ ごういち)
1968年生まれ。長野県長野市出身。ゲームメーカー、ヒューマン株式会社でディレクターとして活躍した後、1998年にグラスホッパー・マニファクチュアを設立。代表取締役CEOを務める。『killer7』、『BLOOD+ ONE NIGHT KISS』、『NO MORE HEROES』シリーズなど、多くのゲーム作品のディレクションとシナリオなどを担当。今夏にはどパンク地獄ホラーアクションゲーム『Shadows of the DAMNED』が発売予定となっている。なお、現在発売中のiPhone・iPad向けゲームアプリ『FROG MINUTES』(115円)では、売り上げの全額を東日本大震災の義援金として寄付している 拡大画像を見る

――まずは作品をご覧になっての率直な感想を聞かせてください

須田「まず思ったのは、"ザック・スナイダー監督の映画"だったなということ。彼がやりたいことが見えたし、この人は本当にこういうものが好きなんだなというのがビンビン伝わってきました。それは、たとえばハイダイナミックレンジ系のスタイリッシュな映像だとか、極端なハイパーリアリティの世界だとかですね。逆にいうとこれまでの『300』や『ウォッチメン』では、そういう彼の本当にやりたいことをまだ抑えていたんだなと思いました。それが解き放たれたのが今回のエンジェルウォーズなんじゃないかな。同じ作り手の立場として、「これは自由に作っているな」っていうのは何となくわかるんですよね」

――たしかに自由にのびのびとやりたいことをやっている感はあります。異世界でのアクションシーンはいかがでしたか?

須田「剣術のシーンがありますよね。剣術ってハリウッドだとなかなかうまく撮れないんです。アクションも男の役者さんだともともと格闘術の経験がある人ならうまいんですが、付け焼き刃でやるとあまりうまくない。でもこの映画の女優たちの、たとえば膝蹴りって本当にうまいんですよ。しっかり体が乗って重心が前にいっている。これはすごいと思いました。ザックが本気で鍛えたんだな、と。そして鍛えてるからこそ、彼女たちの太ももって太いんですよね」

『エンジェル ウォーズ』

『300』、『ウォッチメン』のザック・スナイダー監督の最新作。精神医療施設に軟禁されたベイビードールら5人の少女たちが自由を得るために空想世界と現実世界を行き来しながら戦う姿を描く。丸の内ピカデリーほかで全国公開中

――予告編や公式サイトを見るとどうしても派手なアクションシーンに目が行くのですが、その一方でストーリーは重厚ですし暗い部分も多いですよね

須田「そう。見る前に本作の予告編などで感じたのは、"女の子たちの集団アクションによるノンストップ系の映画"という印象だったんですが、ぜんぜん違いましたね。想像以上に根っこにあるテーマが濃くて、感覚としては『未来世紀ブラジル』を見たときにすごく近かったです。『ブラジル』を今やったらこういう解釈なのかなっていう。これは日本に限らずそうなんですけど、異なる世界にスリップして自分の精神を守るっていう考え方は今の時代だからこそうまくハマるし、定着するんだと思います。最近のハリウッド映画ってそういうアナザーワールドに行く話が増えてますよね。クリエイティブが変わってきている感じはします」

メイキング風景

――クリエイターの感覚やハリウッドの手法が変化している?

須田「表現者、とくに若い層の映画監督は表現をどんどんシフトしていっている気がしますね。興行収入の良し悪しに関係なく、アーティストや作家がそういうものを求めているんだと思うし、それは"時代を切り取る"ということなんじゃないでしょうか。とくにPV上がりの人は時代に対しての速度感が強いですし」

――本作からクリエイターとして刺激を受けたことはありますか?

須田「僕もストーリーを書くので、やはりシークエンスの構成とか。ああいうクローズドかつアンダーグラウンドな世界から違う世界へと展開していく、あのメリハリはとことんやってますよね。濃淡にチャレンジした勇気もすごいし、本来ならすごく描きづらい題材をザック流のエンターテインメント映画に仕立て上げたというのもすごい。なかなかできることじゃないですよ」

――異世界に切り替わるシーンはたしかにハッとさせられます

須田「場面転換がうまいですよね。コッポラの『タッカー』という映画があるんですが、あれも場面転換がすごくて、ワンシーンの切り替えが凝っているんです。主人公が工場にいてアイデアを閃いたらカメラがぐるっと回っていって、するともうモーターショーの場面になっている。ワンカットの中で場面転換は、今観ても新鮮です」

――場面転換に目を付けるのはすごくクリエイター的な目線だと思うのですが、ゲームでもそのあたりは気をつけるのでしょうか

須田「場面の切り替えって、僕は一番気をつかうところなんです。単にブラックアウトさせて音もカットアウトは最悪です。演出では絶対にありえない。そこはいつもエネルギーを割いていますね」

――なるほど。本作は場面転換も見事ですが、その後のCGを駆使した映像がやはりすごいですよね。世界観も多様なんだけど一貫性もあるように思います

須田「そうですね、でもあそこはザックが好きなもの、やりたいものを詰め込んだ感じで、とくに計算はしてないと思いますよ(笑)。ただハリウッドのスター監督であるザック・スナイダーがこんなにワガママに、好きなものだけフォーカスして撮っているというのは、嬉しくなりますね。これだけでも世界中のクリエイターにある意味で希望を与えていると思うんです。『300』みたいに成功すれば自由にものを作れるんだということを、ザックはすごく贅沢な形で見せてくれた。こんな貴重な映画はなかなかないですよ」

現実世界と空想世界の間を行き来するベイビードール

――本作には日本の漫画やアニメ、ゲームなどのポップカルチャーからの影響も見て取れると思うのですが

須田「どうでしょう……それはわからないですね。でもアメリカではビデオゲームがポップカルチャーのスタンダードとして定着していて、それはビデオゲームの業界の人間としてすごくありがたいですし、そういうところからザックのような若い世代の監督に影響を与えている部分もあると思います。有名な話ですがピーター・ジャクソン監督なんて、撮影現場にXboxを持ち込んで女優と遊んだりするみたいですし(笑)。そういう意味では映画とビデオゲームって、融合している部分もあるのかもしれないですね。

――最後にこれから本作を観る方へメッセージをお願いします

須田「僕がザック・スナイダーを好きなのは、有名な役者を使わないところです。役者を徹底管理して鍛えるから有名な役者は使えないし、だから役者による刷り込みもない。その意味では彼の映画は常に骨太ですよね。それに、ザック・スナイダーはこれまで職業監督として原作をいかに最高の形で映画化するかというところに注力してきたわけですけど、今回は彼が初めて作家監督として一本撮影した作品なので、そういう意味では僕は"作家作品"だと思っているんですね。もちろん娯楽作品であり極上エンターテインメントなんだけど、彼が本当に好きなものが体の中から血の通ったものとして出てきている映画に感じました。ですから本作はぜひザック初の"作家作品"として観に行くことをお薦めします」

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