未曾有の被害をもたらした東日本大震災。被災者、特に子どもの心のケアが急がれているが、被災地から離れた首都圏などの子どもが不安から「赤ちゃん返り」したりするケースも多いようだ。この時期、親は子どもとどう接したらよいのか。そして親自身は不安とどう向き合っていくべきなのか。『子育てハッピーアドバイス』シリーズの著者で精神科医の明橋大二氏に話を聞いた。

PROFILE : 明橋大二(あけはし・だいじ)
1959年、大阪府生まれ。京都大学医学部卒業。精神科医。真生会富山病院心療内科部長。児童相談所嘱託医、スクールカウンセラー、NPO法人子どもの権利支援センターぱれっと理事長。著書に『なぜ生きる』(共著)、『この子はこの子でいいんだ。私は私でいいんだ』など。また、イラストやマンガでやさしく解説した育児書『子育てハッピーアドバイス』シリーズは発行部数400万部を超える人気

被災地以外の子どもにも「赤ちゃん返り」

――東日本大震災では、被災地の子どもたちの心のケアが問題となっています。子どもたちは不安を抱えたときにどんなサインを出すのですか?

ちょっとした音、余震におびえる、言葉が出なくなったりすることがあります。また、親のそばから離れない、すぐに「抱っこ」と言ってくる、夜別々に眠れない、トイレにひとりで行けない、など「赤ちゃん返り」の症状が現れることもあります。特に小さい子どもの場合、ことばでは表現できないので、こうしたSOSに大人がすぐ気づいてやることが重要です。

こうした症状は被災地の子どもに限りません。被災地の映像を繰り返し見た子どもや、余震が続く首都圏などの子どもにもみられることがあります。小学生くらいの子どもでは原発の深刻な状況に不安を抱く子もいるでしょう。

――そういう症状が見られたときに、親はどうしたらいいのですか?

「赤ちゃん返り」のような行動が出たら十分に付き合ってください。夜一人で眠れないというならいっしょに寝ていいと思います。

「赤ちゃん返り」は不安を解消するのに必要なプロセスです。小学生くらいでも起きることはあります。そばを離れない、おねしょする、トイレにひとりで行けない……。今までできたことができずに助けを求めてきます。それは不安の表れなのでしっかり受け止めましょう。

――そうした症状を放っておくとどんなことになるのですか?

たとえば子どもの不安を受け止めずに「あんたもしっかりしなさい」といった感じで突き放す。すると子どもはそんな感情を出してはいけないんだと自分の中に押し込めてしまいます。そしてその不安や恐怖は解消されないままずっと心の中に残り、何カ月、場合によっては何年もしてからフラッシュバックとしてよみがえったりしてメンタルな問題に発展してしまう。それがいわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。今怖がるのは正常な反応。「よしよし」と受け止めてください。

「自分を守ってくれる人がいる」と子どもに感じさせる

――余震や計画停電のとき、子どもが不安がることがあります。そういうときはどうしたらいいのですか?

余震のときは大人も余裕はそんなにありません。「大丈夫だよ」と声をかける。まだ小さくてことばではわからないときにはギュッと抱きしめてください。とにかく「自分を守ってくれる人がいる」という安心感を持たせることが大事です。

停電の場合、特に小さな子どもは「このまま電気がつかないんじゃないか」と不安になるかもしれません。現実と想像の区別がまだはっきりつかない。そういうときは「あと1時間でつくからね」という感じで教えるといいですね。

――首都圏のお母さんたちの中には余震や水道水の放射能汚染の心配もあり、実家などに子どもを連れて帰っている人もいるようですが

余震などの不安がないところに行くというのもひとつの手ですが、大事なのは身近な人がそばにいるということ。たとえば子どもだけを田舎に預けるというのは逆効果になるかもしれません。たとえ物がなくても、親と一緒にいるとき子どもは一番安心できるのです。

母親の心のケアも大事、父親はなるべく家に

――首都圏でも食料の"買い占め"の問題や、水道水や野菜の放射能汚染もあり、お母さんたちの心労もたまっているようですが

子どもと同じように親も助けを求めていいのです。親だって不安だし、ケアを受ける必要があります。お母さんたちは「子どもを守らなきゃ」という大きなプレッシャーの中で過ごしています。自分の気持ちを聞いてもらい、泣きたい気持ちを誰かに受け止めてもらいましょう。もちろんママ友だちと楽しい話をして気分転換するのもいいことです。

――お父さんたちが心がけるべきことはありますか?

この大変なときにお父さんが単身赴任でいなかったり、仕事ばかりで家にいなかったり。そういう家もあるようです。いろいろな事情があると思いますが、この大変な状況なときこそ家族のそばにいてあげてください。

動物の話になりますが、たとえばライオンの場合、子どもが生まれると母ライオンは外敵に対して無防備になります。いざという時、素早く逃げることができないからです。そういうときには必ずそばに父親ライオンがいるんですね。母ライオンがそれだけ無防備になっているとわかっているからです。

人間でもやはり同じことがいえます。家族の不安を考えれば、こういう時は父親はできるだけ家族と一緒にいた方がいい。単身赴任などでそれができないならせめて電話を頻繁に入れて状況を聞くことくらいはしましょう。「いざとなったらそっちにいくから」と伝えれば、「守られている」と感じてくれるはずです。

日本人の忍耐強さが逆に心配、「泣きたくなるのは自然なこと」

――今回の震災では日本人の忍耐強さをあらためて感じます

明橋先生の最新刊『子育てハッピーアドバイス 大好き!が伝わる ほめ方・叱り方2』(1万年堂出版/980円)

「こんな大変なときにも冷静さを保っている」「列をつくり、略奪も起こらない」と、海外からも日本人の忍耐強さは注目されているようですね。確かにそれは日本人のすばらしいところで、誇らしいところです。ただ一方で、「もう少し自分の気持ちを出していいんだよ」と言いたくなることもあります。特に集団避難生活だと周囲の目もあり、自分の気持ちを出しにくいのではないでしょうか。

たとえば首都圏の人も「東北の人がもっと大変だから」と自分の正直な感情を言えなくなったりする。私はそのことも気になっています。

これだけのこと(震災)があったのだから、被災地の人はもちろん、被災地じゃない周辺地域の人も余震などさまざまな影響があります。またニュース映像を繰り返し見てショックも受けているんです。誰でも不安になるし、怖くなるし、助けを求めたくなったり、泣きたくなったりするのは自然なことなんです。「自分の気持ちを周りの人に聞いてもらうことが大事なんだ。泣いてもいいんだ」ということをみんなが共通認識として持っていくことがまず大事だと思います。