植村花菜さんが歌う『トイレの神様』。祖母との思い出をつづった心温まるメロディーに感動した人は多いはずだ。最近ではトイレ掃除を教育に生かそうという動きもあるというが、子どもがトレイ掃除で学べることとはどんなことだろう? イエローハット創業者で、現在はNPO法人「日本を美しくする会」相談役の鍵山秀三郎氏(77)にお話を聞いた。

教職員自らがトイレ掃除を始めた

――「日本を美しくする会」では、現在小中学校でのトイレの清掃活動のサポートをされているそうですね。

10年ほど前に、掃除から学ぼうという私たちの活動に触発された愛知県の1人の先生が「便教会」という組織を立ち上げました。「身を低くして実践あるのみ」と教職員自らがトイレ掃除に取り組む会です。今では全国各地に活動が広がっています。私どもではこうした「便教会」の活動をサポートしています。私も都合がつくときには教職員と一緒にトイレ掃除をしています。自主的に参加する児童生徒や保護者もいます。

トイレ掃除を教育活動に生かすべきだという考えが広まったことで、京都市や横浜市では業者に委託していたトイレ掃除を学校単位で行うようになりました。

――子どものトイレ掃除に反発する親もいるのでは?

「トイレ掃除をさせる時間があれば勉強させるべき」「家でもさせていないのに学校でなぜトイレ掃除をさせるのか」と言う親もいるようです。トイレ掃除を業者に委託すれば先生も楽だと考える人もいるでしょう。でも実際は、掃除を委託すると子どもたちはトイレをキレイに使おうとせず、トイレが汚れれば学校は荒れます。トイレ掃除はやはり子どもたち自身でやるべきなのです。

トイレ掃除から子どもが学ぶもの

――子どもが学校でトイレ掃除することのメリットは?

チームワークが良くなることが一番の効果です。トイレ掃除をするのにカッコつけているわけにはいかない。自分をさらけださないとできないのです。だからこそ仲間同士のつながりが強まります。

例えばA君は道具をうまく使って汚れを落とすことができると、B君にその方法を教えます。教えてもらったB君は、物を頼むことでA君の長所を認めてあげることになる。そんな具合です。トイレ掃除を2時間も続ければチームワークができ上がり、補い合う関係になるのです。

――暴走族のリーダーにトイレ掃除をさせたこともあると聞きましたが

広島県警と協力し、当時住民に迷惑をかけていた暴走族のリーダー24人を公園に呼び出しました。トイレ掃除をさせるためです。最初こそ「だましやがったな」と文句を言いましたが、いったんやり始めると夢中になってトイレを磨き始めました。人を喜ばすことのうれしさを知ったのでしょう。そうなると住民の方も「やるじゃないの」と視線が変わり、暴走行為もぴたりとなくなりました。

植村花菜さんと政治家のことばの違い

――話は替わりますが、植村花菜さんのヒット曲「トイレの神様」をお聞きになりましたか。

トイレ掃除をする歌詞が出てくるからでしょうか、まだそんなに知られていないときに「ぜひ聞いてみてください」とCDを送ってくれた方がいました(笑)。とても感動しました。歌詞もメロディーも歌い方もいい。 四書五経の「詩経」に「こころ内に動けば詞外にあらわる」という教えがあります。お婆ちゃんとの思い出の1コマ1コマに対する深い思いやりや、「なぜあんなことしてしまったんだろう」という後悔など、心の中で感じたことが歌になって外に現れています。その逆は政治家のことばです。心の中にないこと、できもしないことをいうものだから、伝わってこないのではないでしょうか。

「手伝いは最高の教育」、実践が大事

――さて、さきほど学校でのトイレ掃除の大切さを教えていただきましたが、家でもトイレ掃除はさせた方がよいのですか。

イギリスの哲学者カーライルが「手伝いは最高の教育」と言っています。トイレ掃除じゃなくてもいいので手伝いをさせることが大事です。親子で一緒に何かに取り組むなかで、自分の欠点を補ってもらい、相手の長所を認める関係ができます。今まで知らなかった子どもの能力に気づく場面もあるはずです。

また、トイレ掃除は自信にもつながります。トイレは「汚い」という先入観があるので最初は掃除をするのに勇気が必要です。でも"スイッチ"がいったん入るとどんどんつながっていくのです。骨を折らずに山の頂のことはわかりません。登山をした人しか山の頂で味わう感動は分からないのです。「ロープウェイで上がった人は、登山者と同じ太陽を見ることはできない」。大事なのは知識ではなく実践。このことを親が自ら示してほしいと思います。

――だからこそ鍵山相談役は社長時代も掃除を自ら実践していらっしゃったのですね。

平凡なことを非凡に努めること「凡事徹底」をモットーにしています。悪は小さくてもひとつでも悪ですが、善はひとつだけでは善になりません。積み重ね、繰り返し、重ね上げたものしか善といえないのです。

昔と違いトイレ掃除は随分楽になりました。それでもこまめに掃除をしないと水あかがたまり、水の流れが筋のように残ります。汚れが見えるようになる前に汚れを落としてあげることが大切です。病気になってあわてるのではなく、病気にならないような生活をすることが大切なのと同じことです。今の人は「こうしておくと、こうなる」という"近未来"を予測ができない人が多いようですね。

――その予測ができるようになるにはどうしたらいいのですか。

謙虚であることです。謙虚な姿があって物事が見えるのです。下から見ると上が良く見える、逆に上から見ると下はよく見えないものです。謙虚になるための確実で一番の近道が、トイレ掃除なのです。

PROFILE : 鍵山秀三郎(かぎやま・ひでさぶろう)
1933年、東京都生まれ。自動車用品会社「デトロイト商会」入社。61年に独立し「ローヤル」創業。97年に社名を「イエローハット」に変更、98年に取締役相談役に。創業以来続けている清掃活動が広く知られ、93年には「日本を美しくする会」を設立。現在も街頭清掃活動や、小中学校でのトイレ掃除活動に参加する。同氏編著の近刊は『便器を磨けば、子どもが変わる!』(ぎょうせい)