トリレンマ世代という言葉をご存知だろうか? 晩婚化が進む中、親の介護と子供の教育費を、自分が退職してから負担することが懸念される。親の介護に子供の教育、そして自分の老後が同時に圧しかかってくるトリプル懸念を抱えた世代をトリレンマ世代と呼ぶ。

(注)平均像は妻31歳として、2009年の「平均婚姻年齢」で夫婦の年齢差(2.3歳=32.4歳‐30.1歳)を算出し、夫の年齢を33歳とする。その母親は1980年の「出生順位別に見た母の平均年齢」より28.1歳で出産したものとし現在59歳。1980年の「平均婚姻年齢」から同様に父の年齢は2.8歳(=28.7歳‐25.9歳)年上として62歳と想定。トリレンマ世代は妻の年齢を30代後半の代表として38歳に設定。2009年の「平均婚姻年齢」による夫婦の年齢差をもとに夫の年齢を40歳とする。その母親は1970年の「出生順位別に見た母の平均年齢」より27.5歳で出産したものとし現在66歳。1970年の「平均婚姻年齢」から同様に父の年齢は3.0歳(=27.6歳‐24.6歳)年上として69歳と想定。それぞれの20年後の年齢を算出。
(出所)厚生労働省各種データよりフィデリティ退職・投資教育研究所作成

厚生労働省の「出生順位別にみた母親の平均年齢の年次推移」によると、1970年の母親の平均年齢は第1子、第2子、第3子を平均して27.5歳だったが、2009年には31.0歳に。分布状況では高齢出産が増えており、35歳以上の母親の出産年齢が1970年は4.7%だったのに対し、2009年には22.5%と5倍弱に増加した。厚生労働省の人口動態統計(確定値)によると、2005年から2009年までの5年間に35歳以上で出産した女性は104.5万人に到達しており、こうした晩婚化の流れが変化しないと仮定すれば前後10年間で225万世帯が潜在的なトリレンマ世代になると推計される。

こうしたトリレンマ世代の急増について、フィデリティ退職・投資教育研究所の野尻哲史所長は警鐘を鳴らす。22.5%の女性が35歳以上で出産すると仮定し、38歳での出産を前提にした20年後の家庭像を想定すると、母親は86歳、父親は89歳となり、子供の教育費、自分の退職後生活費、親の介護負担が一度に圧しかかってくる可能性があるというのだ。

野尻氏は「教育費の負担は親がまだ比較的若い時代から始まり、『これならカバーできる』とつい無理をしてしまう。その後に自分の老後がかぶさり、親の介護も突然始まるといったパターンになれば、避ける用意もできずに危険地帯に突っ込んでしまうようなものです。こうした世代が多くなることで、介護などの負担、生活保護の負担など社会全体でこれをカバーする要請がさらに高まらざるを得なくなります。それを負担できるのは、その時の若年層である子供の世代ということになります。若い世代に自助努力の負担が多層的の圧し掛かり、抗し難い事態になりかねません。自分の力で何とかすることで、子供の世代に負担を少しでも減らす必要があります」と指摘する。

そうなると、頼みの綱は退職後の生活資金。しかし、フィデリティ退職・投資教育研究所によると、トリレンマ世代の危機意識が希薄ともいえる結果が明らかになった。退職後に公的年金以外で必要となる生活資金の総額について、30歳代男性の平均が3,067万円、30歳代女性の平均が2,945万円で、他の年代を変わらず「平均で3,000万円が必要」と回答している。一方で、30歳代男性の平均は329万円、女性が327万円で、必要額の9分の1にとどまる。また、準備資金0円と回答したサラリーマンの比率は30歳代男性で51.3%、女性で54.1%に達し、過半数がまったく準備できていない状況だ。また、退職後の資産形成の方法としては、30歳代の既婚者で「退職金・企業年金の充実」への依存度が高まっている一方、「預貯金を使っての蓄え」では30歳代は40歳代と比べ5-6ポイント高い。

野尻所長はこの結果についても「30歳代の必要資金も50歳代と変わらず3,000万円であったことは、『1,000万円では足りないが、5,000万円はちょっと準備できない』という消去法的なアプローチを多くの方が思っている結果なのではないでしょうか。その点で、きちんと想定した結果ではないような気がします。また30歳代の準備額が少ないことも、目先の生活に追われることで遠い将来の準備が後回しになりがちなことは人間の心理的な面からも理解できます。ただ、それではいけないという強い認識も持って欲しい。少しでも早い段階から準備に取り掛かる必要があります。預貯金を使っての蓄えは、収入から消費して残った部分を蓄えにするという発想から来ているように思います」と指摘する。

トリレンマ世代ならどれぐらい資金は準備しておく必要があるのだろうか。「自分の老後費用だけでも3,000万円ではとても足りないと思っています。退職金とあわせて5,000万円くらいを用意し、それによる退職後の『使いながら運用する』姿勢も求められます。それに介護の費用(介護し施設で月20万円をかけて160カ月在籍したら3,200万円)と、子供の教育費(すべて公立でも大学まで全部負担すると子供1人当たり800万円程度で二人なら1,600万円)を仮定すれば、計算上1億円くらいは必要になってしまいます」(同)とのこと!!

トリレンマ世代が今から退職後の生活資金のためにできることはあるのだろうか。野尻所長は「計算上、多く必要になるわけだが、現実的にそれができるかといえば難しい。そのため、トリレンマの懸念を十分理解したうえで、親の介護の費用をどこまで負担するのか、子供の教育費をどこまで負担するのか、を想定することがまずは大切になります。例えば親の介護に関しては、親自身の負担は可能か、子供の教育費は子供自身がどの程度負担できるかなど、を考えておくことが大切だと思います。その上で、自分たちの老後資金は時間をかけて用意する姿勢を持つようにしたい。そのためには、リスクを回避するよりは、収益率を優先して、資産運用を積極的に取り込むべきだと思います。その有効な手段の一つとして毎月の積み立て投資が挙げられます。積み立てを使うことで、『収入から消費をして残った部分を貯蓄にまわす』という発想から、『収入から将来の積み立てを取り分けた後に、消費にまわす』という姿勢に変えることが必要になると思います」と話した。