ドキュメンタリーで培われた肉体的な反応でリアルな物語を構築

――山崎監督は、これまで撮影監督として「映画監督のビジョンの具現化を手伝う」という役割があったと思います。今回はご自身が映画監督である撮影も担当されています。

山崎「それを自分でやってみたかったというのはありますね。これまでお仕事してきた是枝裕和監督にしても、僕がドキュメンタリーで培ってきた感覚やテクニックを活かした演出をしてくれていたと思うんです」

――山崎監督がドキュメンタリーで培ってきた感覚やテクニックとは、どういった部分なのでしょうか。

『トルソ』では登場人物や会話が、まるでドキュメンタリーのようにリアルに描かれている

山崎「端的に言うと、自分の肉体的な反応ですね。それは単に筋肉というのではなく、五感だとか、脳とか、思考だったり、そういう本当の意味で肉体的な部分でカメラを通して対象と向き合うということです。それがドキュメンタリーで自分が培ってきた部分だと思っています。フレームの中に映像を作るのではなく、カメラを通して世界を切り取るという作業。それらの感覚をそのまま映画にしてしまうという事を、今回はやりたかった」

映像は信じられるかどうかが大切

――『トルソ』もそうですが、山崎監督が撮影した是枝監督の『DISTANCE/ディスタンス』などでも、「カメラを通して世界を切り取った」感覚がありました。それを安易な言葉で言わせて頂くと、リアリティなのだと思います。この作品は、映像だけでなく、キャストにしても、いわゆる日本映画の公式通りの美男美女ではないですし、会話ひとつとっても、リアルでした。

山崎「そうですね。僕にとって映像って信じられるかどうかが大切なんです。『あるよね、こういう話』、『いるよね、こんな人』という部分は絶対に映画に必要だと思っています。『トルソ』では、何でもない日常、何処にでもいる人間を描きたかった」

――なんというかいわゆる映画的な美女ではない普通の女性が、美しさを画面の中で見せてくれる瞬間がありました。

山崎「自由でない女性が、開放される瞬間に美しさを見せる。そういう部分を捉えたかったんです。例えば、地味で内気な女性でも、自宅に引きこもっている暗い部分だけではない。明るく自由に開放される瞬間もある。それを描きたかった。どうしても、普通の映画だとキャラクターが『良い人』、『悪い人』みたいに定番化していく。それだけは避けたかったんです。人って、氷山みたいに見えてない部分もあるものです。それをカメラで撮ることは出来ないけれど、映画を観た人が感じてくれたらいいなと、意識していました」

――最近の日本映画自体は、山崎監督の姿勢とは逆の方向に進んでいます。なるべく説明テキストを増やし、キャラクターをはっきりさせるという傾向の作品が増えいています。このような風潮に違和感を感じませんか。

山崎「違和感はありますね。ただ、僕が御一緒させていただいている映画監督は、そういう作風ではないのです、ありがたいのですが……」

――副音声のような状況説明や、次の場面展開への明確なフックを見せるような映画も多いですよね。

山崎「映画って観客がイマジネーションを働かせて観ることで完成するんです。それで、ようやく自分の映画になる。ただ、観客に全て提示するものではないと思います。暗闇の中で行間やカットから何かを得る。自分の想像力で、説明されていない隙間を埋めていくのも映画の魅力。その観客の想像力をどれだけ刺激できるかという事に、僕は興味があります」

――最後に、この作品における主人公の救済に関して訊かせてください。主人公が「他者との繋がり」に向かう事自体が、救いというか答えのような気がしました。地味な主人公が、メイクをして、飲み会に行くという場面で、何というか、観ていてとても優しい気持ちになれました。

山崎「そうですね。この作品の主人公は、水面下を泳いでいるような女性です。水面下を潜っていた人間が、ちょっと水面から顔を出してみたら違う世界が見えるかもしれない。それで自分の世界が変わるかもしれない。そういう希望は登場人物に託したつもりです。もちろん、そこで違う景色を見たからといって、無理な成長する必要はないんです」

映画『トルソ』のDVDは2011年2月4日、トランスフォーマーより発売。定価は3,990円。

撮影:石井健

(C)2009 "Torso" Film Partners