"1984"といえば、米Appleが1984年当時にMacintoshを世に送り出す際に放映した広告フィルムとして、スーパーボウル(Super Bowl)史上でも最も有名かつ最も評価の高いものとして、よく知られている。後にAppleが自身の製品発表イベントで同フィルムを流したり、米Motorolaが新型タブレット「Xoom」発表の際に"1984"をモチーフにしたCMを出すなど、非常に象徴的な存在だったことは間違いない。ところが、このCMを当時のApple役員会はひどく嫌っており、関わった広告関係者のクビを検討したほどだというのだ。当時、Appleで何があったのだろうか?
この話題は、米AdWeekで当時の"1984"に関わったSteve Hayden氏が述懐する形で紹介している。"1984"の内容について簡単に説明しておくと、巨大モニターに映し出された支配者「Big Brother」の演説に聴き入る聴衆、そこにランナーに扮したヒロインが登場してハンマーを投げてモニターを破壊するというシンプルなイメージ広告だ(内容などについてはWikipedia英語版の記事に詳しい。YouTubeにもこのCMの映像がある)。当時のCUIやわかりにくいインターフェイスが主流だったコンピュータの世界で、テクノロジーのしがらみから人々を解放するというMacintoshのコンセプトを体現した内容となっている。
当時AppleにいたSteve Jobs氏はライバルのIBMをBig Brotherに見立ててプレゼンテーションを行うなど、さらに広げた解釈が行われることもあったようだ。イメージプロットも当初の明るいものから、当時の冷戦という世相を反映した暗いサイバーパンクなイメージのものとなり、「ブレードランナー(Blade Runner)」の監督でも知られるリドリー・スコット(Ridley Scott)氏が同広告フィルム制作のメガホンをとったことでも有名。コンピュータにさほど関心がない人でもこの広告のことは知っているというほどの象徴的なものであることは確かだ。
だが実際のところ、この完成したフィルムのプロモーションをAppleの役員会でかけたところ、非常に不評だったとHayden氏は回想する。役員会のメンバーは全員このフィルムに対して不快感を抱き、中でも会長のMike Markula氏は制作に関わった広告代理店のChiat/DayとLee Clow氏を「クビにできないか?」と打診してきたという。だがスーパーボウルで流すスポット広告の最終的な決断はJobs氏と当時のCEOであるJohn Sculley氏へと任され、オンエアと相成った。この際、共同創業者の1人であるSteve Wozniak氏がスポット広告にかかる費用の半分を個人マネーから捻出するオファーも行っていたという。だがJobs氏自身はこの決定に対して自信を持てなかったようで、「この広告は"Information Vacuum"(情報の空白)を引き起こす」として、Times誌とNewsweek誌に20ページにも及ぶ記事掲載を手配したようだ。
毎年1-2月の時期に開催される全米フットボールリーグ(NFL)の決勝ゲームであるスーパーボウルは、全米1番人気スポーツの決勝戦だけに、中継するTV番組の視聴率は非常に高く、実に全米人口の3分の1にあたる1億人近くが同ゲームを視聴しているという話もある。それだけスーパーボウルの際に流れるCMのスポット効果が高いことになり、30秒のスポット広告で数億円単位の枠購入費用がかかるとされる。"1984"の放映決定はシビアな経営判断の1つであり、この最も高価で効果のある広告枠を60秒使って放映が行われた。
なお、公衆放送で"1984"が流れたのはこれが最初で最後といわれているが、実際にはショートバージョンにあたる30秒広告が全米の10の(広告宣伝上の)主要地域に対して放映されており、当時IBMのPC部門の拠点があったフロリダ州ボカ・ラートン(Boca Raton)を加えた計11のスポットで"1984"は放映されたようだ。現在の評価と当時の内部での扱いの差を考えると、非常に興味深い話題だ。