第144回芥川賞・直木賞の選考委員会が17日、東京・築地の新喜楽で行われた。芥川賞は朝吹真理子さんの『きことわ』と西村賢太さんの『苦役列車』の2作品が受賞。直木賞も木内昇さんの『漂砂のうたう』と道尾秀介さんの『月と蟹』の2作品が受賞した。芥川賞、直木賞ともにダブル受賞となったのは金原ひとみさんと綿矢りささんの最年少受賞が話題となった第130回以来7年ぶり。同日、受賞者4人は東京會舘にて記者会見を行い、それぞれ受賞の喜びを語った。
初の候補作で芥川賞を受賞した朝吹さんは、2009年に発表した『流跡』でデビューした慶應義塾大学の大学院生。祖父、父親ともにフランス文学者であり、大叔母もサガンやボーヴォワールの翻訳者として知られる朝吹登水子さんという文学一家に生まれたサラブレッドだ。会見ではまず作品を手に取った人へ感謝を述べ、「うれしい気持ちと畏怖がない交ぜ」とコメント。自身の作品は「読み手にそっと手紙を届ける感じで書いている」と語り、今回の受賞によってこれまで以上に作品が多くの人の届くことについて畏怖を感じつつ、「作品を介してのやりとりを、もっと緊密にできると思うとワクワクします」と喜んだ。また、今後の抱負についての質問には「私自身、伝えたいメッセージや書きたいことがあって書く行為を始めることはしません。なので、どのような書き手になりたいか、前もって確固たるイメージを持っているわけではありません。ただ、一作一作、いま目の前にある"書きつつあるモノ"を、書き手から離れて"書かれたモノ"となって、そっと読み手に届けることができたら。その行為に集中しています」と答えた。
西村賢太さんは3度目の候補での受賞。中学卒業後、フリーターなどをしながら同人誌に参加して自らの経験をベースにした私小説を書き始めたという、朝吹さんとは対照的な経歴の持ち主だ。受賞作の『苦役列車』も日雇い労働の若者が主人公の私小説的作品。シャツに革ジャンというラフな出で立ちで会見に登場した西村さんは、その話しぶりも非常にラフという印象。どこで受賞を聞いたかという質問には「自宅で……ま、そろそろ風俗行こうかな、と思ってました」といきなり赤裸々トークで会場を爆笑の渦に。また、友達が一人もいないので受賞したことはまだ誰にも伝えてないとも明かす。私小説作家だけあり、まさに自身の小説内の主人公そのものの西村さんだ。その私小説にこだわる思いについては「僕の場合は、それに救われてきた。悪い言葉で言うと自分よりダメな人、藤澤清造さんにしろ、田中英光さんにしろ。自分で書くとなったらその形式というか、その方法しかとれない。僕の小説を読んで自分よりもダメな人がいるんだなと思ってもらえたら、ちょっとでも救われた思いになってくれたら、うれしいですね。書いた甲斐があるというか、僕も社会にいる資格があるのかなと」とコメントした。
直木賞を受賞した木内昇さんは、出版社に勤務後、フリーの編集者を経て2004年にデビューした女性作家。初の候補での受賞となった。壇上に登場した木内さんは受賞について「まさか……こういうことになるとは思っていなかった」と驚きを隠さずにコメント。まだまったく実感がないとのことで「いまはただ受け止めているだけなので、これから何ヶ月かかかって崖を転がっていくというか、大変な目をいろいろ、いままで思いもしなかったことを経験すると思うんです。そこから這い上がっていって、もう一回地表に立ったときに、自分なりに"作家"になったと言えるような気がしてます」と語った。今後の抱負についても「姿勢としては今までと変わりません。いい編集者がついていますので、その編集者に納得してもらえる、そして自分も納得できる原稿をお渡しするというだけ」と控えめな答え。受賞作は明治時代の話だが、これからも「いろんな時代を書いていきたい」と時代小説への強い思いを示した。
最後に会見に登場した道尾秀介さんは、連続5回目の直木賞ノミネートでの受賞。その道のりに対しては「5回といっても2年半なんで、作家をやっていく上で一瞬ですからね。それで長いとか言ってたら先輩方に怒られちゃう。でも、すごく担当編集者がやきもきしてくれていたので、よかったなと思います」とコメント。とても淡々としていたが、その理由については「いつもそうなんですけど、候補になったときにうれしさは味わい尽くしている。これだけたくさん小説が出ているなかで候補に選ばれるというのはすごいことだと思うので。まあ、落選より受賞のほうがいいですけどね」と回答。直木賞作家になったからといって自身の創作活動には影響はないという。今後についても「19歳で初めて小説を書いた。それはこんな小説があったらいいな、でも、本屋さんに売ってないから自分で書いた。そのスタンスは今も昔も変わらない。子どもが粘土をいじって遊んでいる感覚。大きな文学賞をいただいたんで、やり方が間違っていなかったんだなあという気持ちはありますし、この姿勢は続けていくと思います」とした。