スマートフォンは軍用の個人情報端末にも最適

米軍がスマートフォンに着目したのは、こういった背景事情があったからだ。もともと、スマートフォンには静止画も動画も扱う機能が備わっているし、地上側のインフラは整備する必要があるが、通信機能も標準装備している。しかも、小型・軽量で操作性が良いうえに、民生品として広く使われているので馴染みやすく、教育・訓練の負担を軽くできる。

以前から、Windows MobileなどのOSが稼働する携帯情報端末(PDA:Personal Digital Assistant)を利用する例はあったが、これには通信機能を内蔵していないという難点があった。その点、初めから通信機器として登場したスマートフォンであれば問題はない。

例えば米レイセオンでは、Android搭載のスマートフォンを軍用にする「RATS(Raytheon's Android Tactical System)」という構想を、米陸軍協会の年次総会で発表している。そもそも、米軍には情報配信の手段としてDCGS(Distributed Common Ground System)というシステムがあるが、これとスマートフォンを組み合わせることで最新の情報を受け取れるようにしようという考えだ。

Distributed Common Ground Systemのイメージ(Photo:U.S. Army)

米ロッキード・マーティンも、歩兵向けの携帯式情報デバイス「TDA(Tactical Digital Assistant)」を開発している。市販のスマートフォンをそのまま利用しているのかどうかは不明だが、根底にある考え方は同じだ。そのTDAではAndroidを動作させることも可能としている。

いずれにしても、市販されている素の状態のスマートフォンでは使えないので、軍用のアプリケーションは開発する必要がある。具体的な利用例としては、位置などに関するデータをネットワーク経由で受信・表示する状況認識(SA : Situation Awareness)、UAVなどで撮影した静止画・動画の受信と表示、受信した静止画や動画の解析、現場の兵士から上級の指揮官・指揮所などへの情報報告、地形や地勢といった地理情報の確認といったものが考えられる。

今時の携帯電話機と同様、スマートフォンもカメラを内蔵しているから、静止画や動画を撮影して送信するのは難しいことではない。無論、ベースは電話機だから無線機代わりの音声通話にも利用できる。

RATSを使用するスマートフォンの画面例。左画面の左上に[DCGS]というアイテムがあるが、これが米軍の情報配信システム・DCGSに対応するのだろう。そのほか、[Camera][Camcoder][Videos][Photos]などのアイテムが並んでいる(Photo:Raytheon)

米陸軍では、特にAndroidに対象を限定せずに、スマートフォンの活用についてメーカー各社から軍用アプリケーションの提案を募る「Apps for the Army」という企画を2010年5月に実施した。結果として、141チームから合計53件の提案が寄せられたが、それらのうちAndroid対応のものが17件、iPhone対応のものが16件だったそうだ。

それとは別件で、2010年12月に第1機甲師団麾下の1個大隊が、AndroidやiPhoneに加えてWindows Mobileを交えたトライアルを実施した例もある。

米陸軍では、iPhoneとAndroidを比較するにあたり、「複数のベンダーが参画できるオープン規格である後者の方が好ましいと考えているらしい」という情報もある。

長所ばかりではなく短所にも目を向けよ

といっても、スマートフォンにはいいことばかりではなく、注意しなければならない点もいろいろある。

例えば、スマートフォンは個人レベルで支給するものだから数が多く、しかも小型だ。つまり、それだけ落としたりなくしたりしたものが敵の手に渡る危険性も高いというわけだ。したがって、アプリケーションの開発や操作性の配慮だけでなく、セキュリティ対策にも留意する必要がある。

最近はテロ組織や武装組織もハイテク化しており、携帯電話を手に入れて改造するぐらいのことは簡単にやってしまうので(携帯電話を仕掛け爆弾の遠隔起爆装置に使用することが多いのは、すでによく知られている通りだ)、最初から対策を考慮しておかないと面倒なことになる。

また、戦場で使用するものだから、耐衝撃性・防塵・防滴といった面での配慮も必要だろう。スマートフォンに限らずCOTS(Commercial-Off-The-Shelf)品すべてに共通する、製品ライフサイクルの短さへの配慮も必要だ。

こうした問題点を解決できれば、軍用デバイスとしてスマートフォンにはいろいろな可能性が考えられそうだ。目的と求められる機能を冷静に見据えたうえで、最適な既存のデバイスを選択して手っ取り早く活用するという視点からすると、米軍におけるスマートフォンの活用事例は興味深い研究テーマになると思う。