ホリエモンこと堀江貴文氏が主演を務めることで話題を集めているニコニコミュージカル『クリスマス・キャロル』が、2010年12月22日に公演初日を迎えた。
12月26日(日)に千秋楽を迎えるまで、残すところ公演は4回。どんな舞台なのか気にはなっているものの、見るかどうか迷っているという方も多いだろう。
そこで、ちょうど公演期間が中盤を迎えた今、改めてミュージカルの内容や見どころについてレポートしてみることにしよう。
そもそも「クリスマス・キャロル」とは何か?
もとは英国の小説家ディケンズによるクリスマス・ストーリーであり、スクールージという守銭奴の男が3人の精霊の導きによって改心するまでを描いた物語なのだ。つまり、本作は別にオリジナルというわけではなく、原作ありきの舞台ということになる。
さらに言うなら、クリスマス・キャロルはこれまでに何度も舞台化や映画化されており、すでに手垢のつきまくった題材だ。これをそのまま厳かにミュージカルにしたのでは、いかに堀江氏が主演という話題性があっても食指は動かないだろう。
しかし、そこは安心してほしい。
本作の脚本・演出・音楽を一手に引き受けている湯澤幸一郎氏は、「マグダラなマリア」シリーズなどでも知られているとおり、ブラックジョークや、観客いじり、はたまたここには書けないような過激な台詞を織り交ぜたテンポの良い演出を得意とする脚本家なのだ。
たとえ、もとがクリスマス・キャロルだろうと、彼の手にかかれば大いに笑えるブラックコメディとして生まれ変わるのである。
実際、脚本はクリスマス・キャロルをベースにしつつも、大幅なアレンジが施されている。
たとえば主人公のスクールージは守銭奴という点では原作どおりだが、立場が「IT企業の社長」となっており、現実の堀江氏の過去を彷彿とさせる様々な小ネタが会話や展開に挿入されているのだ。本来デリケートな部分でも、いやむしろデリケートな部分だからこそ容赦なくピンポイントで突っつくのが、湯澤氏のいつものやり方なのである。この点において、堀江氏という人材は演技面では素人でも、湯澤氏にとっては最高にいじり甲斐のあるキャストだったのではないだろうか。本作はクリスマス・キャロルのパロディであると同時に、堀江貴文という男の人生のパロディでもあるのだ。
さて、いま"演技面では素人"と書いたが、実際のところ堀江氏の演技はどうなのだろうか。というか、それこそが多くの人にとって一番興味のあるポイントだろう。
……詳細はその目でご覧いただければと思うのだが、幸い心配していたような最悪の事態は免れているといっていい。
最悪の事態とはつまり、堀江氏の歌や踊りが人に見せられるレベルに達することなく、ミュージカルなのに主演が歌わないし踊らないという、ちょっとシャレにならない事態のことである。
たしかに堀江氏の歌、踊り、台詞は、いずれもプロフェッショナルな共演者に比べれば素人臭さが抜けていないものの、それでもよくここまで持ってきたなと感心するだけのクオリティには仕上がっている。
何よりも、堀江氏が登場し、歌い、踊り、台詞を口にするとき、客席に広がる言いようのないハラハラ感がたまらない。うまくやり遂げたときに自然と起こる拍手、リアルタイム故に何が起きるかわからない緊張と高揚感。この、舞台上と客席をつないで生まれる一体感こそが、演劇という表現が持つ最大の特長なのだ(もちろんそれは堀江氏に限ったことではない)。
だからぼくは、この舞台が「舞台で良かった」と心の底から思う。
もしこれが映画だったとしたら、残念ながら魅力は半減していただろう。何度もやり直しを経た末に「堀江氏がそこそこうまく演技できた部分」をつないで完成した、おもしろみのない作品になっていただろうと思う。
堀江氏はたしかに素人だが、今回はその上手すぎず下手すぎない微妙な完成度が、うまく舞台上で機能したのである。
とはいえ、不満がないわけではない。
まず主演の堀江氏、そしてヒロインの安田美沙子の出番があまり多くないということだ。その分、他のキャスト──とくに宮下雄也の熱演は凄まじい──がカバーしているものの、二人の演技に大いに期待していたという層にとっては物量的にやや物足りない面はあるかもしれない。
もっとも、二人とも要所要所では歌とダンスで練習の成果を発揮しているし、ミュージカル初挑戦ならではの初々しさを楽しむことができるのが今だけということを考えると、これはこれでありではないかと思う。何度も言うように、それもまた舞台の良さでもあるからだ。
それにしても、これだけ個性的なキャストと、ミスマッチな題材、そして素人を主演に据えるという無謀にも思えるチャレンジを、よくここまでこぎ着けたものだと思う。
いつもとおりの「クリスマス・キャロル」を真面目に見たいんだ、という方には苦笑いを返すほかないが、ブラックな笑いとえげつないシモネタを愛するひねくれ者の方々には、全力でおすすめできるミュージカルである。