この世界の見えない外側を映像化するという試み
――この映画では、この世界の外側に触れる方法が、脳のシルビウス裂に対する外科手術です。こうして描かれる外側が、これまでのホラー映画の文法だと闇で表現されがちなのですが、この作品では、光の強い反射でした。
高橋「黒い陰りの世界に何かいるというのは、すでにやりつくした感がありました。むしろ外側にある何かは目に見えないものだから、どう表象化するかがポイントでした。表象化すると目に見えるものになってしまうので、そもそも矛盾しているのですが。色々考えた結果、最後は光に行き着きました」
――この映画で外側の白い光に触れた人間は、大変な事になってしまうわけですが、この描写は、どのようなイメージなのでしょうか。
高橋「一番近いものとしては被爆ですね。得体の知れない物凄い光を目の当たりにした瞬間には、自分が滅ぼされている。そいういうアナロジーですね。メタ的には、映画を観るという行為自体、光を浴びることですし」
実際の実験映像が『恐怖』のモチーフ
――『女優霊』は幻のTVドラマ『シェラデ・コブレの幽霊』を高橋さんが観た経験がモチーフになっていたとのことですが、『恐怖』にもそういったモチーフはあったのでしょうか?
高橋「劇中で描かれる満州で発見されたという戦前の人体実験の映像は、1940年代にカナダで行われたワイルダー・ペンフィールド博士の実験映像がモチーフになっています。僕は1990年代初頭に見たのですが、その映像でシルビウス裂の刺激実験が行われています。脳のどの部位を刺激すると、どのような反応が返ってくるのかという実験映像なのですが、その映像を観たときの何か嫌で奇妙な感じがこの映画のモチーフとなっています」
――インターネットによる集団自殺のような現代的なトピックも『恐怖』には入っていますね。
高橋「物語を考えるとき、2、3個ネタがあってそれが上手にリンクすると物語が見えてくるんです。自殺による他者の喪失感についてずっと考えていた時期があって、シルビウス裂のネタと繋がった時に『自殺志願者を餌食にした人体実験』という大まかなストーリーが見えてきたんです」
――『恐怖』ですが、内容や解釈に関して、やや難解だという声もありました。
高橋「良くも悪くも観客を選ぶ映画になってしまいましたね。2000年の『発狂する唇』の頃なら、カルト映画として成立したと思うのですが、今はそれが難しい。観客が変わったなあと思いますね。もう少し丁寧に説明したわかり易いお話を観客が求めているような印象があります。もちろん、わかる人もいて、そういう人に向けて作られた映画なのですが、『なんだか、わからなかったね』という観客に向けて作っていくという事も今後の僕のテーマだと思います」
――解釈が色々あり、何度も観たくなる作品だと思います。そういう意味で、デイヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』を思い出しました。
高橋「近いものはあるかもしれません。わかるためのヒントをいうと、映画の中って、必ずしもひとつの軸で時間が流れているわけではないと思うんです。順番に見せかけて、シーンごとにバラバラに時間が並んでいるだけなのかもしれません」
――高橋さんは今後どのような作品を作っていきたいのでしょうか。
高橋「ジャンルは限定しないのですが、恐怖とか怖いというテーマは好きなんで、やっていきたいですね。Jホラーブームを作ったひとりとも言われますが、むしろJホラーブームが終わったと言われて自由になった部分もあるんです。もう、映画で白い服の髪の長い幽霊が立っていなくてもいいわけですから、新たな恐怖を創造していきたいと思います。本当は凄い難解なことなんだけど、観客がみんなわかるような、そんな恐怖が描きたいですね」
――今年、『女優霊』も生誕から15年で初DVD化されて、高橋さんは『恐怖』を監督されました。
高橋「言われてみればこの15年でひと区切りかもしれないですね。『女優霊』の頃は30代で、今は50代になったので、また新しい事ができる段階にきたのかなという気がします」
――『恐怖』をDVDで初めて観る人に、ひとことお願いします。
高橋「脳をいじる話なので、観ていると自分の脳に触られているような、生理的な嫌悪感が出てきて、それが一種の緊張感を生むと思います。あなたの脳に触れようとしている映画なので、そういう緊張状態で観終わった時に、何か体験できるものがあるかもしれません。是非、体験して欲しいですね」
撮影:石井健
(c)2009「恐怖」製作委員会