--OSSについて思うところをもう少しお聞かせください。まつもとさんがRuby以外で注目しているOSSプロダクトにはどんなものがあるでしょうか。

僕は言語屋なので、やはり言語に関するものに興味を引かれます。最近だとLua(軽量スクリプト言語)とか、あとはJava環境で動作するClojureという言語にも関心があります。Clojureに惹かれるのは、これまでのLispの限界を乗り越えてくれる可能性を感じるからです。Lispは良いところがたくさんあるけど、堅苦しい部分もあって、残念ながら世の中にはあまり受け容れられなかった。ところがClojureはその堅苦しさがないというか、非常にバランスが良い。今、最も可能性を感じます。

--Javaの話が出ましたが、Sun MicrosystemsがOracleに買収されて以来、Javaをめぐる動き、とりわけコミュニティとの関係が多少ぎくしゃくしているように感じます。OSSの関係者として、まつもとさんはどのような感想をもたれているでしょうか。

とても残念なことだと思っています。OSSをめぐっては、かつてSCOという会社がIBMやLinuxユーザを敵に回したことがありました。どうしてこういうことが起きるのかというと、OSSにはわかりやすいビジネスモデルが存在しないことが原因ではないかと見ています。たとえば自動車の会社は自動車を造って売るという誰にもわかるビジネスモデルがあります。ところがOSSの場合、それを単体で売ることはできない。サポートを売りにしたり、あるいは教育ビジネスを展開したり、情報を提供したり…とビジネスの形はいろいろありますが、どれも絶対的な正解ではないんです。絶対的なビジネスモデルがない以上、別の業界で成功した経営者が、その手法をOSSビジネスに持ち込もうとすることはよくある話であり、こういった騒動は起こりやすい傾向にあるでしょうね。ただ、Oracleの中にもOSSコミュニティに近い人たちがいるので、メディアに出てくる部分だけで判断するのはすこし危険だと思います。

Oracleの中にはOSSコミュニティに近い人びともいるが、どうしてもオペレーションよりの報道になりがちなので、冷静に見る必要があるという。

--OSSをビジネスにうまく取り込んでいる企業としてはGoogleが挙げられると思うのですが、まつもとさんはたしか、Googleに入社する話があったとか?

いや、Googleのとある有名なエンジニアから「ところで君はいつ、僕の席の隣に来るの?」と言われただけです(笑)。たぶん僕の居場所はGoogleにはないんじゃないかな。あそこは社内プロジェクトで使う言語をC、C++、Java、Pyhton、それにJavaScriptに分けていて、Rubyはないようなので(笑)。それはともかく、GoogleはOSS開発者にとってはとてもすばらしい会社だと思います。ただ個人的に不満なこともあって、Googleにはご存じの通り、すばらしい開発者がたくさん在籍しているんですが、彼らはGoogleに入社してしまうと、Google社外へのアウトプットがほとんど見られなくなってしまうんです。別にGoogleが規制しているわけではないんでしょうけど、結果的には彼らから発信される情報が非常に少なくなっている。これはとても残念ですね。

--Rubyは小さなサイトからメジャーサイトまで、幅広く使われています。日本のサービスでも使っているところは多くて、たとえばリコーのオンラインストレージ「クオンプ」もコア部分はRubyで構築されているそうです。Ruby生みの親の目から見て、"こんなところでもRubyが使われていたんだ!"と驚かれたことはありますか?

Twitterに使われているのを知ったときはさすがに驚きましたね。最近だと「ぐるーぽん」なんかもRubyで作られていると聞いてます。Rubyの生産性の高さがこうやって徐々に認められてきたというのは開発者としては非常にうれしいですね。僕がなぜRubyを作ったのかというと、開発者やユーザををハッピーにしたかったからなので、こんなふうにたくさんのサービスでRubyが使われていると聞くと、生産性の高さが裏付けられた気がして、生みの親としての自尊心が満たされます(笑)。

--最後になりますが、開発者として、尊敬するエンジニアやプログラマを教えてもらえますか。

僕、実はロールモデルみたいな人がいないんですよ。開発者としてだけでなく、一般的な人に対象を拡げても……いないですね。ただ、Perlの生みの親であるLarry Wallには影響を受けています。RubyはPerlをもじって名付けたという話も本当です。彼のライフスタイルは真似したいところが多いですね。ユーモア に満ちた講演だとか。もっともデザインやコードを見ると"なんじゃ、こりゃ"と思うところも多々あるんですが(笑)。

インタビューを終えて

分刻みのスケジュールの中、本当にありがとうございました!

限られた時間の中、驚くほど率直に開発者としての思いを語ってくれたまつもと氏。話を伺いながら、基本的にまつもとゆきひろという人は「来る者は拒まず」なタイプなのでは、と思わされた。ここ数年ずっと、きついスケジュールをこなしているはずなのに、大変そうな雰囲気はみじんも感じられない。むしろ、Rubyを知ってもらうためならどこへでも行き、なんでも話し、誰とでも会う、というスタイルをごく自然に無理なく実践しているようだ。それもこれもRubyへの愛情の深さゆえなのだろう。「Googleの20%ルールは僕には無理かな。僕は100%、Rubyなので」(まつもと氏)との言葉通り、オンタイムのすべてをRubyに捧げる同氏に尊敬の念を寄せる開発者は少なくない。

「Rubyは"使う人を信じる"という思想の下に作られている」とまつもと氏は言う。そのフトコロの大きさが生産性の向上につながり、今では全世界に数多くの開発者が存在する。彼とRubyコミュニティの関係はLinus TorvaldsとLinuxコミュニティの関係のようなもの? という質問に対し「だいたいそんな感じ」と答えてくれたが、Linus氏よりも近しい感じがするのは、Ruby最大のエバンジェリストの役割をまつもと氏が兼ねているからかもしれない。

(取材協力: ヒューマンアカデミー)