制作期間はたったの9カ月

熊澤尚人監督

熊澤監督に本作の依頼が来たのは2009年9月末。制作期間は、脚本作りも含め、約9カ月と一般的な映画に比べてもかなりのショートスパンと言える。また、原作である漫画『君に届け』が連載中であるため、佐藤貴博プロデューサーからは、監督ならではの映画版オリジナルの結末を、との希望も含まれていた。「コミックスの6巻までで、入学から大晦日の時期を描いていたので、その期間をまとめる形で想いを伝えられるようにしてほしいと。原作を知っていただけにワクワクしましたが、原作の雰囲気を損なわないようにしなくてはいけなかったので大変な仕事だと思いました。原作の持つ空気感と主人公ふたりの距離感を描こうと決めてからは、意外にスムーズに進んだと思います」

方向性が決まるとすぐに脚本制作に取りかかった。脚本がなければキャスティングも難しいと言われる映画の世界だが、本作では2010年1月下旬~2010年2月上旬の間で脚本も完成。すべてが驚異的なスピードで進んでいったそうだ。

絵コンテは描かない

普段は絵コンテをほぼ描かないという熊澤監督。講義では、その代わりとなるカメラワークの指示書や各シーンのロケ地で撮影したイメージ写真など、興味深い資料が多数公開された。「現場で生まれる芝居を大事にしているんです。その場でアングルはほぼ100%変わりますし、セリフもその場で変えたりしますからね。事前に絵コンテを描き込んでもあまり意味がないんです。描くのはカメラの動線図くらいでしょうか。それすらも、俳優のタイミングや動きで変わりますし。僕の場合は、むしろ計画通りに進んでいると、作品に大事な何かが入っていない感じがするんですよね。現場で起こる一瞬一瞬を、映画のプラスにできればと思っています」

シーンはほぼ順撮り。現場中心の流動的な撮影方法を採る一方で、スケジューリングや現場のセッティングなど現場の枠組みづくりは、この上ない入念さと緻密さで行われており、さらに効率の良さも考えられている。例えば、神社のシーンを1日で撮影完了できたのは、監督自身が事前に現場に赴き、仮アングルの中でスタッフに動いてもらい動きを固めた上で、指示書を描いているからだ。

「夜から朝4時までの間に、カメラ1台で繰り返し必要なカットを撮影していったんですが、照明をセッティングする時間も必要だったので大変でしたね」

さらりと語るが、その労力は並大抵のものではない。入念な下準備ができているからこそ現場に余裕が生まれ、キャストの自由な演技を活かすことができる。圧倒的な経験値によらなければできない手法に、学生からは驚きの声が上がっていた。