粛々と矯正治療が進行する日々、生活は同じように流れていくが治療による影響は避けられない。抜歯をしたり、矯正装置を常に付けている事は、様々な場面でちょっとした困難を伴う。長期間に及ぶ治療とうまく付き合っていくための工夫と心構えが必要だ。

※以下は治療期間中における筆者の体験をもとにした内容です。治療に伴う症状などは個人差が大きいので、全ての人にあてはまるわけではありません。

郷に入っては郷に従う、歯に合う食事を求めて

最も影響が大きいのは、やはり食生活。装置を付けたことによる痛みと、抜歯や歯が動くことで噛みにくくなるのが一番の問題だ。装置を付けた時の響くような痛みは、針金をより強い物にしたり、力の掛かり方を変える影響で毎回のメンテナンス後にも起きるが、初回ほどの痛みはなく2~3日で治まる。この期間は、肉類、キュウリ・キャベツなど歯ごたえのある野菜類は食べにくい。また食パンや白米などが意外にも困難する。そのため筆者の場合は、タンパク質は卵や豆腐で摂取、野菜類はトマトなどの食べやすいものや軟らかくしたイモ・ニンジンなど、炭水化物はスープご飯やうどん・蒸しパンのようなほとんど噛まずに食べられるようなもので対応している。この数日間さえうまく乗り切れば、多少の食べにくさはあるものの概ね通常の食事が可能だ。

また痛みとは別に、歯の位置が動き始めるとそれまでの噛み合わせがずれ、咀嚼しづらくなるという問題が生じる。人間の奥歯は繊維質の植物をすりつぶす草食動物の歯に似た形状になっているが、これが機能しないので野菜をバリバリ食べることが難しい。穀類や肉なども十分に咀嚼しないまま飲み込みがちになってしまうので、野菜不足や早食いが習慣にならないよう注意する必要がある。

顎を閉じているのに上下の奥歯に隙間がある状態

こうした痛みのあるとき以外は外食も問題ない。ただし、食べるのに時間がかかったりキレイな食べ方ができない場合があるので、できるだけ食べやすそうなメニューを選ぶのが無難だ。また、青菜類は繊維が矯正装置に絡まる、細い麺類が針金に挟まるなど、見た目に問題を来す場合もあるので会食などでは要注意だ。

言うは易し行うは難し、毎食後歯磨きし隊

矯正装置の周りや動いた歯の隙間には食べかすや歯垢が溜まりやすいので、とにかく毎食後にしっかりと歯を磨くことが重要だ。歯ブラシは一般に販売されているもので構わないが、経験から言うとヘッドが小さくシンプルな形状のものが使いやすい。これまでで最も良かったのは歯科医の受付で販売されていたもの。ブラシの質感やヘッドの形状が磨きやすい、植毛の間隔が広く食べカスが絡まりにくいことなどがその理由だ。

歯間や矯正装置の隙間は部分磨き用歯ブラシや歯間ブラシなどを使用。歯が動いて隙間が多い期間には必須だ。特に就寝前には鏡をよく見て、磨き残しがないか確認する。それでも隙間や凹凸が多く雑菌が増えやすいので、口臭などが気になる場合はマウスウォッシュを使用するのがお勧めだ。外食の際も食べた後に放置するのは禁物。携帯用歯磨きセットが必須アイテムだ。

歯科医の歯ブラシ。凝ったデザインの市販品に比べると素っ気ないが、使いやすい

部分磨き用歯ブラシと歯間ブラシ。治療の進行によって合う形も変わってくる

歯磨き中には、抜歯後のスペースや歯が動いてできた隙間から泡が垂れやすいので衣服に付かないよう要注意。また、通常より歯ブラシが劣化しやすいので、早めの交換が必要だ。

前門の虎、後門の狼、手懐けるが勝ち

歯列矯正は果て無き口内炎との戦いでもある。口内炎は唇や頬の内側に起きる炎症で、腫れや水疱ができ、痛みを伴う。矯正中には装置が口腔の粘膜を傷つけることが原因で、大小の口内炎が日常的に発症する。特に装置の追加や新しいゴムを取り付けるなど、状態が変化した時はほぼ必ずできる。また、話したり食べたりする際に擦れやすい部分があると、そこに繰り返し発症することもある。

対策としては、まず歯科医で処方されたワックスをブラケットや針金に貼り付けること。これで皮膚に当たる痛みが軽減される。治療は口内炎用の軟膏や市販の治療薬(錠剤)などによる対症療法が中心だが、経験的に疲れ気味のときや不健康な食事が続いた時などは特にひどくなるので、体調を整え、バランスの良い食事をすることで悪化を抑制することも大切だ。皮膚や粘膜の働きを助けるというビタミンB・Cなどの摂取を心がけたい。

矯正装置用のワックス。少量をまるめて貼り付け、表面をカバーする

市販の治療薬。ビタミン類の補給にサプリメントも服用する

案ずるより産むが易し、気持ちの問題

矯正治療を迷う人にとって、抜歯が心理的な壁となっているのケースは多いだろう。確かに抜くときは麻酔をしても、血は出るし後で痛むししばらくは食べることに難儀するのは事実だ。また同時に、健康な歯を失ってしまうことの喪失感を恐れる気持ちも少なくないのでは。

筆者の場合も歯を抜くことに抵抗感はあったが、治療を決心したからにはやむなしと、ある意味あきらめて抜歯に臨んだ。もちろん痛かったが、数日間の痛みは長い矯正治療の中では一瞬だ。それよりも、歯ぐきに大きく空いた穴を見た時の「もう戻れない」という寂しさにも似た感覚のほうが長く続いた。だが時間が経って抜歯後のスペースに前歯が徐々に引き込まれていくについれ、それが薄まり、戻る必要はないのだと思うようになった。

矯正治療は誰もがしなくてはならないものではないし、抜かない矯正を勧める意見もある。しかし経験者として、抜歯が必要になってしまった人には、恐いけれども乗り越えることはできるとアドバイスしたいと思うのだ。