電子出版における誤解のひとつに「電子出版のコストは紙の出版よりも安くなる」ということがある。「印刷や輸送コストがなくなるんだから当然でしょ」と考えるかもしれないが、実際には制作コストは大きく変わらず、むしろ新機能追加やデジタル変換のコストが付与されることで割高にさえなる可能性がある。こうした電子出版の現状について、All Things DigitalのMediaMemoコーナーを担当するPeter Kafka氏が、App Storeで新たに雑誌アプリの配信を開始した米Hearst MagazineのエグゼクティブバイスプレジデントJohn Loughlin氏に電子出版の実際についてインタビューした記事を掲載している。
Hearst Magazineが配信を開始したのは「Popular Mechanics Interactive Edition」という電子雑誌アプリだ。Popular Mechanicsの電子版といえるだろう。WIRED Magazineなどと同様に1号ごとにアプリとして配信する仕組みを採用しており、iPad上でアプリとしてダウンロードしたコンテンツを楽しむことができる。ただWIREDと大きく違うのは、Popular Mechanicsが現状で配信しているのはお試し版(1.99ドル)であり、フルページ版は秋にも改めて配信が開始される予定だという。なお、完全版の価格はニューススタンド等で販売されているPopular Mechanics誌の3.99ドルという定価に対し、さらに1ドルほど上乗せしたものになるようだ。
電子出版物が高くなる理由
なぜ、電子版のほうが紙の雑誌よりも高くなるのか? 電子版は紙の出版物をデジタルデータとしてiPadに最適化する形でコンバートしたものであり、本来であれば大きく価格を変動させる要因にはならないはずだ。だがHearstのLoughlin氏によれば「アプリ制作にあたってインタラクティブ機能/グラフィック/ビデオの追加によるコスト増」「デジタル変換におけるコスト増」が理由にあるという。またLoughlin氏が最も強調するのはWeb出版で根付いた「悪しき習慣」であり、「デジタル版は当然ディスカウント(あるいは無料)で提供されるもの」という認識にある。これが出版社や新聞社らの業績を現在苦しめている一端でもある。そしてiPadなどの機器の登場が「われわれはあるべき出発点に戻るチャンスを得た」と考えたというのだ。
実際、Hearstの件に限らず、雑誌の電子出版で先行する米Conde Nastなどは電子版の価格を同程度に設定して販売を行っている。これら電子版は紙の出版物にあるような定期購読割引きが通用しないため、全体に割高になっているといえる。Hearstはさらに電子版の価格を紙の雑誌より引き上げる手段へと出たわけで、この戦略が顕著だ。
とはいえ、ユーザーが価格引き上げに見合うだけのメリットを電子版に感じることができるのか、これは非常に大きな問題だ。成功せずに、将来の可能性そのものを潰してしまう可能性さえあるからだ。Hearstはそのテストケースのひとつであり、電子出版における価格論争が今後盛り上がってくることになるかもしれない。