業界に入りクリエイターになるまでを語った美樹本氏は、続いて自身の制作環境のデジタル化について語った。

デジタル化で「クオリティアップしたが、効率は落ちた」マンガ制作

「デジタル化で逆に効率が落ちた時期もある」と意外なエピソードも語ってくれた美樹本氏

2001年より、雑誌『ガンダムエース』で『機動戦士ガンダム エコール・デュ・シエル』の連載を開始。これは、もともと知り合いだった編集者が角川書店に移ったことがきっかけになったという経緯があり、人間関係抜きでは仕事は継続できないという氏の考えが具体的に形になった事例だと言えるだろう。それ以前にある出版社のコミックシリーズでマンガを描いた際には、不十分な制作体勢のために原稿を落とし、挫折を味わったこともあったものの、現在は順調だと述べた。

「ガンダムの世界でオリジナル物をやるというプレッシャーはありました。それと、もともとメカものを描ける方ではなかったので苦労しましたけど、だんだんスタッフも集まり、現在はうまく回ってくれているので助かっています。」

その後、『超時空要塞マクロス THE FIRST』を描き始めることになるのだが、実は現在の『マクロスエース』以前に別の会社から同様の企画を持ちかけられたこともあったという。だが一昨年『マクロス F』が盛り上がりを見せた頃、今度は角川書店から具体的に『マクロスエース』の企画が持ち上がった。マクロスはシリーズ作品の人気が出ても「シリーズ全体で連鎖反応が起きない傾向がある」ため、美樹本氏は「本を作ることが何らかのきっかけになれば」という思いで引き受けたそうだ。

ここからマンガ制作にもCGが導入されることになる。美樹本氏は、カラーをCGに切り替えて便利になったと感じることが多かったため「モノクロでもできることが増えると思った」と、その理由を述べた。スタッフの間には作業効率向上や経費削減になるという考えもあったようだが、現実はそうはいかなかった。

「効率はものすごく落ちました。現在は1話分にかかる時間が当初の1/3くらいになりましたけど、それでも手で描いていた頃の約1.5倍です。これはできることが増えたために、選択肢が広がったことが一番大きいですね。クォリティのアップには繋がっていますけど……」

クリエイティブな作品制作において、道具はクォリティを決める全てではない。しかし、明確な目的を持って道具を活用することで、クオリティを高めることは十分に可能だ。ソフトの細かい機能にこだわる前に、作品の中で何を伝えたいか、それをどう表現するべきか、そのビジョンを持つことが重要であるということが、美樹本氏の言葉から感じられる講演だった。ちなみに、美樹本氏の制作環境だが、カラーイラストの彩色は「Painter7」、仕上げは「Photoshop4.0」を使用しているとのこと。レイヤーは「数枚しか使わない」という。

来場者からの質問に美樹本氏が答えた

トークセッションの最後には、来場者から寄せられた質問に美樹本氏が回答する時間が設けられた。絵を描く仕事を目指す人にとっては、良きアドバイスとして参考になる部分もあるだろう。

――イラストだけで生活していくのは厳しいですか?

「イラストで成り立っているように見える人でも、ゲーム会社に所属していたり、生計は同人誌で立てているという人が多いようです。マンガも、連載を持っていても厳しいでしょうね。僕もマンガだけではやっていけないと思いますよ」

――美少女をデザインするポイントを教えてください

「漠然とですが、自分の中にある合格ラインにどれだけ近づけるかだと思います」

――良い絵と良くない絵はどこで判断されますか?

「編集の方と話をすると、人とは『何か違う』という感覚を持っている人を採るようにしていると聞きます。『人気のあるものに合わせよう』ではなく、まずその人がどれだけ他人と違うか。絵もそうですよね。数を描けば基本的には上手くなりますけど、例えばデッサンの上手い下手以前に、絵に『力』がある人もいますから。やっぱり、人に無いものを持ってるかどうかじゃないでしょうか」

――仕事の息抜きには、何をしていますか?

「今は写真ですね。仕事とは別に、趣味の写真を撮っています。絵を描く人は写真・カメラを使うことはお勧めですね。アニメの仕事では『標準(レンズ)で見た絵が欲しい』という指示をする演出の方も多くて、知識があったほうが有利なんです。マンガの作画で使い分けることは難しいですが、スタッフにも『一応知識としては入れておいて』という話はしています」

――アナログとデジタルで、出来ること、出来ないことは?

「マンガをデジタルに切り替えてから、背景やメカが分かる程度にラフを描いておくと、それをベースにスタッフが作業をしてくれて絵がどんどん出来ていくんです。あれは便利になったと関心しますね。ただ、ラフを描く時は一番気分が乗っているので、時間が経って主線描きで自分の絵を追いかけるようになってしまうと、どうしても上手くいかなくて……。カラーイラストは、後でいくらでも直せるところがいいですね。1枚の絵でも色のバージョンを変えてみたり、微妙な違いをつけて選べるのは便利です。色をいじっている時が一番楽しいですね」