マイコミジャーナル編集部は、生保で日本初の個人向け就業不能保険(ディサビリティ)『働く人への保険』の販売開始や、新書『生命保険のカラクリ』のインターネット上における全文無料公開など、何かと話題の多いライフネット生命保険の代表取締役副社長 岩瀬大輔氏を直撃。新商品の開発経緯や、全文無料公開に踏み切った理由についてうかがった。

――新商品『働く人への保険』を発売されようと思った理由を教えてください

日本は、戦後からバブル崩壊まで右肩上がりの経済成長を続け、金利も高い伸びを示していました。女性も専業主婦がほとんどで、子供がたくさんいる時代ですと、旦那さんに何かあると大変ですから、そうした意味で死亡保障は重要でした。そうした時代においては、貯蓄性の保険を購入する(言い換えれば、保険で貯蓄する)ことはわりと有利だったのです。所得も伸びていましたし、高額の生命保険に加入して、そこに貯蓄性をつけでも金利が高いのでメリットがあったし、支払いもさして問題にはなりませんでした。

しかし、今の状況と比べてみると、当時と逆転していることがお分かりになるだろうと思います。経済は伸びておらず、女性は社会進出し、夫への依存度が以前より低くなりました。また晩婚化が進み、子供の数も少なくなりました。死亡保障を買うニーズは低くなったのです。また超低金利の環境において、生命保険で貯蓄するのはむしろ損になります。給料も伸びないから、できるだけ生命保険への出費は抑えたいと考えるようになります。

こうした流れを受け、生命保険業界では10年ほど前から、死亡保障から生存保障へのシフトがはじまり、第三分野と呼ばれている医療保障が伸びてきました。ですが、日本の医療保障で中核となるのは入院日数に連動した保険です。日本は先進国の中で圧倒的に平均入院日数が長いんですね。日本では20年前ぐらいで平均54日程度、最近では大きい病気をのぞいて20日程度ですが、欧米なら5~6日程度でどんどん退院するようになっています。

日本でも入院日数が短縮化されていますから、入院日数に連動した保険の合理性がだんだん失われてきているのです。医療保険の平均支払い金額は入院給付金で10万円程度です。10万円をもらうために、年間4~5万かけるということです。それでもニーズはありますから、私たちも医療保険を提供していますが、それがどれだけ必要なものなのか。前述のように給料が少なくなってきていますから、レバレッジが大きいもの。掛け金に対する払われる給付金の倍率が高いものがいいと思うわけです。

このような環境の変化がある中、我々は新しい商品を何にしようか考えました。たくさんのお客様からお話を聞きました。たとえば、死亡保険も要らないし、短期の入院なら貯金でまかなえるからいいが、寝たきりになって1人だったら不安だよねと独身のお客様もいらっしゃいました。マーケットの声でも就業不能への補償が必要ではないかという認識も高まっていたんですね。同時に、現場の声も大切にしたいと思って、病院の関係者に話を聞きました。特に、病院の医療事務に関わっている人、退院時に支払いの相談を受ける方から見てどういう場合に患者さんがかわいそうと思われますか、と聞いてみました。

そうするとこのような回答が返ってきました。「高額療養費制度は、自己負担に上限が設けられているし、所得が少ない人はいろいろな減免措置があるので、ほとんど制度で解決します。払えないと相談をもちかける人に、この制度の説明をすれば大抵解決します」。そうした中でも気の毒だと思う患者さんはいなかったか尋ねると、何人か例をあげてくれました。

1人は、三十代後半の独身女性。がんにかかってしまい、働きながら通院して治療していました。自己負担は5~6万円で収入があるうちはなんとか払えたのですが、治療が長期化して体にとても負担がかかるので、仕事をやめざるをえなくなってしまいました。仕事をやめても自己負担は毎月かかります。働いてれば制度内の自己負担額で支払えるのに……とおっしゃっていました。

もう1人は、脳卒中で倒れてしまった40代後半から50代前半の男性。非常に収入が高く高校生と大学生のお子様が3人いたそうです。住宅ローンは免除される場合があるのですが、教育費はどうしてもかかってしまいます。奥様は専業主婦で今さら働きにでるというわけにもいきません。死亡であれば死亡保険がおりますが、生きていらっしゃると医療保険もかかります。教育費はどうしてもお金がかかりますし、気の毒に感じられたそうです。

これらの例は、働けなくなるリスクがどれほど大きいかということを示しています。日本で生活保護に陥った世帯のうち4割が、世帯主の病気、怪我、傷病によって生活保護を受けることになったというショッキングなデータもあります。欧米では就業不能保険は一般的に普及していて、アメリカでは勤労者の約3人に1人が加入しているというデータがありますが、日本ではほとんど誰も入っていません。大きなリスクを抱えながらも、そうしたリスクに備えてこなかったわけです。

この保険はいろんな人に入ってほしいです。特に、若い独身の20代のビジネスパーソンはまず、これだけ入るべきだと思っています。非常に反響もあり、問い合わせも申し込みも伸びています。特にプロの間で反響が大きく、大手や外資系の保険会社からも次々と話を聞きに来られています。皆さんいろいろと調べていらっしゃるようですが、日本にこれまでなかったので、初めて挑戦することへ不安があるようです。我々はベンチャーですから、これまで誰もやらなかったけど、世の中が必要としていることに挑戦しなければならないと思いますので一足先に商品販売に踏み切りました。

――現時点でどのような方が申し込まれているのでしょうか。また、医療保険とどのように組み合わせたらいいのでしょうか

30代が6割、20代が2割といったところでしょうか。月額給付額は平均で10万円か20万円のベーシックタイプが一番売れているようです。

我々が販売する医療保険は入院日数が最大180日までの入院を想定した医療保険となっています。『働く人への保険』は就業不能状態になって180日が経過してから初めて支払いを開始します。長期入院や長期療養の保障となりますから、そのように組み合わせていただければと思います。

――3月1日から4月15日まで期間限定で新書『生命保険のカラクリ』の文藝春秋のサイトで全文無料公開に踏み切られましたが、理由を教えてください

新書『生命保険のカラクリ』は、1人でも多くの人に生命保険の仕組みをきちんと理解してもらいたい一心で執筆しました。本を売りたいというよりも、本という手軽な形態をとることで1人でも多くの人に知ってもらおうという理由からです。言ってしまえば、最初から無料ダウンロードをやりたかったのですけど、本を出版するにもコストがかかりますし、出版社としては本が売れないと困りますから、まずは販売しました。

同著は幸い好評で、最初の数カ月で6刷までいきました。ある程度本が売れ始めたので、出版社からこれからどうやってこの本をもっと売っていこうかと、販促の相談があった時、広告や講演会をやろうかという話をいただいたのですが、無料でダウンロードをできるようにしてほしいとお願いをしました。文藝春秋は伝統ある大手出版社で、このような取り組みをしていませんでした。電子書籍についてはどうなるか分からず、調査研究をしている真っ只中なので、もう少し調べてからやりたいというのが出版社側からの最初の反応でした。

ですが、私は机上の空論で調べてもあまり意味のある計画を立てられない、実際に一回やってみることで学びが豊かになるので、これを第一弾としてはどうだろうかと逆に提案しました。幸いどこの出版社でもこのような試みをしていませんでしたから、第一弾として話題にもなりますし。文藝春秋側としてもベンチャースピリットで果敢に取り組まれたと思います。

――反応はいかがでしたか

あとダウンロード終了まで2週間以上残っていますが、5万ダウンロードにまで迫ってきています。本では約3万部刷っているので、その1.5~1.6倍の方が読まれている計算になります。売り上げもダウンロード開始前の1.5倍程度に伸びて、順調に推移しております。爆発的な伸びにはつながっていませんが、確実に本の販売の底上げにもなっていると思います。

その過程でいろんな学びもありました。本を買うとき、我々は何に対して対価を払うのでしょうか。コンテンツや字面に対して払っているという意識がありますが、それは違う、ということに気がつきました。たとえば、我々のサイトにワードファイルで同著の全文をぺたっと貼り付けても誰も読まないと思うんです。

本には持ち運べる便利さもあるし、段組みやフォーマットの読みやすさだったり、きちんとした流通経路に乗って知ってもらう優位性というのもあります。タダで読みたい人は図書館にいけばいいわけです。それに、新書なら頑張れば本屋で立ち読みすることもできます。

それでも、自分はこの本を買って持ち運びできるようにしたいと考えるのはなぜなのかということを考えました。また、電子書籍のiPhoneアプリだと大体315円程度かかりますが、新書で買えば800円。この差はなんでしょう。今回、全文を無料公開しましたが、海外にいる人は配送料のコストを考えれば、むしろ800円全額を支払ってもよかったという人もいます。PDFだと読みづらいけど、面白そうだったので本を買ってみたという人もいます。

漠然と支払っていたものへの対価は何なのか、今回の無料ダウンロードで浮き彫りになったような気がしています。これは生命保険業界にも同じことが言えて、保険の手数料が分からないまま支払っていた時代から、対面サービスというものが何に対して対価を払っているのか問われることによって、本当に価値のあるものしか生き残れない世の中になってくるのではないかなと思います。