Apple iPadの登場とともに、既存の雑誌出版社や新聞社がいかにしてデジタル出版の世界で生き残っていくのかが再びフォーカスされつつあるが、ここで従来までとは異なる新しい路線を模索しつつある出版社がある。「Cosmopolitan」などの雑誌で有名な米Hearst Corp.は、一般的な雑誌フォーマットで情報配信を行うのではなく、「ブリトニー・スピアーズ」「ニューヨーク・ヤンキース」といった何千ものジャンルごとに専用のiPhoneアプリを制作し、情報の切り売りを進めようとしている。
このHearstの試みについては、米Wall Street Journal(オンライン版)が「Hearst Jumps Into the Apps Business」という記事の中で触れている。個々の情報アプリは1.99ドルと非常に安価で(WSJの解説では「99セント」とあるが、実際にはこの値段で販売されている)、ニュースや写真リソースを定期的に配信するというある意味で非常にチープなものだが、個々のテーマに非常に興味を持っているユーザーにとって、手軽に最新情報に触れられるというメリットがある。
配信されるのはニュースの他、各種データ、そして例えば芸能人であれば最新の出演情報やコメントなどがアラートとして配信されてくる。個々のアプリには「LMK」というタイトルがついており、App Storeでは68種類(原稿執筆時点)のLMKアプリが配信されている。Hearstによれば、このラインナップを最終的には数千のレベルまで拡充する計画だという。なおLMKとは「Let Me Know (教えて!)」の頭文字をとったものだ。
HearstにとってLMKのメリットとは、制作コストの安さにある。1本あたりの人件費がおよそ数百ドル程度で、5人のフルタイムワーカーがアプリ向けのコンテンツ制作を担当している。アプリを介して配信される情報の多くは既存のニュースやBlogを再利用したもので(他社配信の記事も含む)、写真の利用料を差し引けば、ほぼコンテンツ自体のコストはかかっていない。アプリ自体も基本的なリンクの追加や文章等の要素の差し替えで、ほぼ作業がテンプレート化されている。
LMKは初期コスト以外に、情報課金として月額20セントが請求される。個々のアプリの利益は非常に微々たるものだが、制作コストを極限まで抑えることで投資回収をしやすくしている点で特徴がある。一種の「塵も積もれば山となる」のアプローチと呼べるが、有料情報にプレミア性を期待するユーザーに対して、低料金とはいえどれだけ多くの利用者を引き出せるかが今後の課題となるだろう。