「生きるべきか死ぬべきか」とはハムレットの有名なセリフだが、"生き残り"を選択した出版社には、これからも"いばらの道"が待ち構えているようだ。英Financial Times(FT)の15日(米国時間)の報道によれば、多くの書籍を抱える大手出版社らと異なり、雑誌主体の出版社や新聞社らはAppleとのiBookstoreコンテンツ提供契約に二の足を踏んでいる状態だという。その理由とは、Appleとの契約における2つの条件にあるようだ。
1冊売り切りが中心の書籍とは異なり、雑誌や新聞には継続的に出版を行って読者をつなぎとめる必要があるという違いが挙げられる。そのため定常的な読者との対話や、長期購読者には割引サービスなどが求められることになる。だがAppleが現在iBookstoreで提示している条件はiTunes Music Storeなどと同様で、1冊売り切り型の販売代行システムで、出版社には売上に応じた7:3の利益配分があるだけだ。
確かに売上の70%という条件は、米Amazon.comのKindleストアなどと比較しても悪くない。販売価格も出版社自身が決められるというメリットがある。だが、この比率は将来になっても変化しないことが、サブスクリプションといった定期購読型の販売契約の導入を阻害する結果となっている。またAppleは、販売代行として売上シェアの配分のみを行う形態のため、出版社には読者プロフィールが一切入手できないという問題がある。これは出版社や新聞社が記事に読者の要求を反映できなくなるという危機感につながっている。
FTが関係者の証言として伝えるところによれば、iBookstoreのこうした柔軟性のなさに出版関係者らは不満を持っているという。スウェーデンの出版社BonnierのリサーチシニアバイスプレジデントのSara Ohrvall氏は、「我々は読者との関係を維持しなければならない。それが良い雑誌を作る唯一の道だからだ」と語っている。実際、読者のプロフィールや属性は出版社にとって最大の宝であり、次のビジネスの種になるものだからだ。Appleの顧客情報保護主義は、先のiPhoneにおけるGoogleとの契約でも垣間見ることができる(「Appleの自社検索エンジン開発は荒唐無稽!? - Googleが1億ドル規模の資金提供か」)。
先に挙げた、7:3という配分比率の縛りも大きな問題だ。シンプル・イズ・ベストとはいうが、これがときに制約を生む。例えば、米国では雑誌の1年や2年単位の定期購読が一般的だが、契約年数が長い読者ほど割引率が多く設定される傾向がある。場合によっては1冊ずつ購入するよりも非常に安く、半額近くまで割引されることがある。Wall Street Journalのように、定期購読者にオンライン版へのアクセス特典をつけたり、オンライン版購読者への定期購読割引サービスを実施するケースもある。
このようにサブスクリプションは読者情報を入手するとともに、読者を惹きつけるさまざまな特典を用意する絶好の機会となるが、iBookstoreではこうしたことは難しい。これが書籍出版社と、それ以外の出版や新聞社との温度差になって表れている。
だが、これに対する解答を見つけつつある出版社もある。例えば大手出版社のConde Nastでは、同社のメンズ向け雑誌GQ MagazineをiPhone向けアプリとして配信している。Vogueなどの女性誌で知られる同社だが、今後はGQに続き、Vanity FairやWired MagazineなどもiPad向けアプリを用意する計画のようだ。
Conde Nastのオンライン部門であるCondeNetのSarah Chubb氏は「我々は(iTunesを)デジタルニューススタンドだと考えている。12カ月単位のサブスクリプションで販売するのではなく、ニューススタンドとして扱うのであれば悪いアイデアではないだろう」と語っている。急がば回れとはいうが、正門から攻めるより、別の道を探したほうが顧客情報を手に入れる近道になるのかもしれない。