「Salon International de la Haute Horlogerie(国際高級時計見本市)」こと「SIHH」が2010年1月18日から同22日にかけて、スイス・ジュネーブ空港から至近にある国際展示会場で催された。カルティエ、パネライ、オーデマ ピゲといった10数社の高級時計・ジュエリーブランドによる年に一度の新作発表会に訪れた、腕時計の目利き・ベスト販売社長の石田憲孝氏に話をきいた。

ベスト販売社長・石田憲孝氏
1966年生まれ。帝京大学卒。19歳のころ、アルバイトで「マクドナルド」「ディズニーランド」で働きつつ、各種マニュアルを勉強。21歳で、「日本マクドナルド(当時)」に入社。1992年に「ベスト販売」に入社。その後、会社の業態を変えるべく、統括本部長として「正規販売」を導入。スウォッチ、G-SHOCKから、ブライトリングまでを担当。1995年、GSXを立ち上げ、1997年からは「GSX WATCH JAPAN」を設立。オリジナルの製造を開始する。2002年、専務取締役就任。BEST新宿本店の店長兼務。2006年3月「ISHIDA青山表参道」オープン時に、両店舗のオーナー兼務。2007年3月より、代表取締役社長(C.E.O)に就任

長打力よりも技巧打者が揃う「SIHH2010」

SIHH2010には、独立系時計メーカーであり、これまでは同時期にジュネーブ湖畔の高級ホテルで発表会を行ってきたリシャール・ミル、グルーベル・フォーシィが初参加するなどの話題もあった。リシャール・ミルが、24gと超軽量で4,000万円という時計を発表したほか、オーデマ ピゲも60gほどの軽量モデル「カーボンワン」(約2,500万円)を発表するなど、各ブランドの素材革命と技術革新の進展を見た思いがする。

SIHHは完全招待制。世界各地から厳選された専門店、プレスたちが訪れ、商談や取材を行う。写真は今年初めてSIHHに参加したリシャール・ミルとグルーベル・フォーシィ

中国市場を向いていると思われるデザインや金無垢のものもそろっており、話題をさらうような強力なモデルではなく、実用的に使えて、ユーザーの手に届くようなモデルがエントリーしている点が今季SIHHの特徴といえるだろう。野球に例えれば、長打力よりも技巧打者が揃っているという感じだ。

それはランゲ&ゾーネ、ヴァシュロン・コンスタンタンのようなハイクラスブランドについても顕著だ。もちろん価格的には、ブランドの立ち位置からして高いのであるが、いずれもブランド内の今までのモデルと比べて、かなりリーズナブルという印象を受ける。

たとえばロジェ・デュヴィでは約126万円のエントリーモデルが登場。数年前のもっとも売れていた時代を彷彿させるものに仕上がった。

ほかにも面白いものはある。ジラール・ペルゴからはロレアートのクオーツがなんと115万円で発売される。40本の限定生産であるが「高級クォーツ」として注目されることだろう。

トゥールビヨンもリーズナブルに

また、1,000万円の大台を超えるような、トゥールビヨンが、かなりリーズナブルな価格に設定されているブランドが多い。IWCは今年、「ポルトギーゼ」に新しいカテゴリーを追加したが、トゥールビヨンでは500万円台でデザイン的にもとても魅力的なものを投入する。これまで一部富裕層の時計コレクターのためのものであったトゥールビヨンが、日常で気軽に使える時代がきたといえる。

また、ブレス仕様とレザーストラップ仕様でIWCより発表されている、日本だけの「マーク16」は魅力的。文字盤は昔の「マーク9」のものをイメージしているものだ。全部で350本が提供される。

ビジネスシーンでは知性を演出するパネライ「ラジオミール」

パネライで、あえて注目したいのは「ラジオミール 42mm」

オーデマ ピゲの今年のテーマは「GP」。限定で「GP」をテーマにしたオフショアが発売されるが、それよりも私が興味をもったのは「ロイヤルオークオフショアダイバー」(約160万円)と「ロイヤルオーク スケルトン」(約260万円)。

ダイバーはこれまで、ブティックでしか発売されていなかったカテゴリーであるが、とてもカラフルなデザインであった。今回、一般販売にあたり、シックな黒い文字盤にデザインを変更したことで、ヘビーユースを目的とした正統派モデルに生まれ変わった。一方、ムーブメントの骨組みを鑑賞できるスケルトン仕様は、今までなかったのが不思議。とても美しい仕上がりである。いずれも価格的にも満足できるものだと思う。

パネライはさらに自社ムーブメント化を推し進めた。魅力的で間違いなく売れる限定モデルがあり、いろんなメディアを騒がせるだろうが、あえて、お勧めするのは「ラジオミール 42mm」(SS 65万円/チタン 73万円/G 150万)。42mmでありながら、薄いため、今までのパネライの大きいという感覚はなく女性にもジャストサイズだろう。

また、スーツに最適なモデルで、ビジネスシーンでは知性を演出してくれるはず。自社製P.999という新しいムーブメントを搭載し、手巻きで60時間のパワーリザーブ。実用性、意外性に富んだリーズナブルな一本だ。

高級時計は「原点回帰途中」

SIHH2010は、派手な話題作は少なく、一部大型化モデルもあるが、どちらかというとその逆のモデルが多く出品されて意外だった。それがとても新鮮で、バイヤーの立場でいえば、より多くの方に時計を紹介できる機会に恵まれると思った。

「ここのところの高級時計のトレンドだったケースサイズの大型化から、今年は38mm~42mmと、ややダウンサイジングしたものや、薄いものが多く出品されているのも特徴だった」と石田氏。写真はジャガー ルクルトブース

今回のコレクションは時計雑誌はもちろんだが、どれだけ一般顧客に露出して正規時計店に来てもらうのかがポイント。いままでは、来店してもらってもマニアックなものや実用的ではないものが多かったし、ケースサイズも一般の感覚からは大きすぎた。店舗に来ていただいても一般顧客にはなかなか手が出なかったのだ。その点、SIHH2010は、高級時計の「原点回帰途中」といえるだろう。