ヒップホップはイノベーションである
入江 いとうさんがどこかで「ラップはイノベーションだ」とおっしゃっていたのを覚えているんですが、その言葉のインパクトがものすごくて。
いとう あれは、宇多丸(RHYMESTER)と喋ってたときに、「イノベーションのないラップはラップではない」って吹き込んだの(笑)。要するに、今はB-Boyの格好だけが受け継がれてしまってヒップホップの本質が抜けてしまっているという現象が起きているわけでしょ。真似でしかないし、初期衝動を忘れてしまった。『SR サイタマノラッパー』について言えば、まさにその現象を描くことが、逆説的にイノベーションに繋がっている。「こんな真似事ばっかりしていたら俺たちダメじゃん」と考えるきっかけにもなる。そもそも、入江君にヒップホップの志向はないわけでしょ?
入江 ないですね(笑)。いちばん好きなジャンルがヒップホップということだけです。ただ、ヒップホップ自体にユーモアが存在すると感じていて。
いとう それは映画としていろいろな場面が作りやすいってこと?
入江 いや、たとえば、ロックと比べると熱くなり過ぎないようなところが映画に向いているなと思っていました。
いとう それは韻の問題があるかもしれないね。自分の主張があっても韻に引っ張られると別モノになってしまうところがあるから。
入江 それに、ラップ自体がマイクを通さなくても撮影できるというのがとても映画的だと思っていたんです。特に日本語ってノリやすいんじゃないかなと思っていて、言葉遊びはもっとできるのかなと。
いとう 歴史的なことを考えると、ものすごくハイレベルな言葉遊びが既に江戸時代にはあったんだよね。当時は、万葉集も古今和歌集も平家物語も知っている教養のある人同士がふざけあってたんだよ。だからこそ、教養レベルの高い共通言語のなかで音の韻は当然のこと「意味」の韻も踏める。それが、いまだと「ふざける能力」が圧倒的に失われていて。だから、韻だけではない面白さも欲しい。たとえば映画のエンドクレジットで、ZEEBRAのラップを引用してるよね。どんなんだっけ?
入江 「オレはサイタマ生まれ、Bro畑育ち、山の幸とはだいたい友達」(笑)。
いとう そうそう、それ(笑)。そこで大事なのは、人の心をどれだけ笑わせるかとか、心を打つかとかね。つまり、引用をもとにした要素がなくては、ヒップホップとして刺激がないわけ。いくら音がヒップホップっぽくても、耳がいかない。そういう意味でも『SR サイタマノラッパー』にはヒップホップのソウルがある。だから感動するし、感情移入してしまうんだよ。
「周縁」を描いてこそオリジナル
入江 先ほどおっしゃったヒップホップの持つ「表現としての本質」みたいなものが90年代あたりから薄くなったんですかね? いつの間にか、一般的なイメージがギャングスタみたいになってしまったような……。
いとう ヒップホップが酒と薬と女のことばかりになってしまった。だったら、自分の役割はないなと思ってヒップホップは止めたんです。
入江 でも、レキシで。
いとう そう、レキシで復活。完全にふざけてるからね(笑)。レゲエもラップも本来は「周縁」の音楽なのに、中心に位置してしまうと居心地が悪いでしょ。それがようやく、ヒップホップ文化も周縁に移ってきた。その良いタイミングでまさに周縁を題材に描いた『SR サイタマノラッパー』が出てきた。ヒップホップなら『ワイルド・スタイル』(1982年)、レゲエであれば『ハーダー・ゼイ・カム』(1972年)、『ロッカーズ』(1978年)。周縁を描くことが最もオリジナルなカタチ、ひとつの型ですよ。そのことがすごく嬉しかったんだよね。当然考えてるだろうけど、上映会からライブを大きい会場で開催するっていう流れね。それこそあの感動極まりないラストシーンと繋がる夢のような世界を実現できるわけでしょ。
入江 やりたいですよね。
いとう だって何よりも痛快だよ、やってることにすごく意味がある。宇多丸、YOU(YOU THE ROCK★)、スチャ(スチャダラパー)が出て、時代をさかのぼって80年代までいく。日比谷野音あたりで。7月に自分も口ロロ(クチロロ)の正式メンバーになったわけだし(笑)。
入江 えっ! 口ロロの正式メンバーですか!? それに日比谷野音……、デカいっすね……(笑)。
いとう あとは宇多丸頼み(笑)。Mummy-D(RHYMESTER)も連れてこいよみたいな話しにね(笑)。基本的に手弁当でやってるんだけれども「サイタマノラッパーのやつら、なんでこんな派手なことやってるんだろ」って(笑)。
入江 先ずは宇多丸さんに相談してみます(笑)。YOUさんにも。お二方とも映画を絶賛してくれたましたし。
いとう YOU……ね。あいつは前座、もしくは映画が始まる時の前説(笑)。
次回作は……、女子の童貞観!?
入江 話しを戻しますけど、次回作で女子のラッパーを描こうと思ってるんです。いま、ダメさを売りにしているアーティストっていないじゃないですか。
いとう イケてなくて、ジャージを制服の下に着ているような北関東感でしょ(笑)。
入江 そうです(笑)。どうして音楽シーンではそのゾーンを攻めないのかなと疑問に思うんです。
いとう 女の子ってコントロールしにくいからじゃない? 可愛くいたいと思っちゃうからさ。たとえ可愛くなくても時間が経つにつれて、彼氏も欲しい、マスカラも塗りたい、まゆげも上手くなって、なんだよ全然イケてるじゃん! ってことになっちゃう(笑)。
入江 アメリカにはいるんですけど、日本だと可愛らしいだけというか。でも映画として成立するはずだと試行錯誤してるところです。それを、来年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映する予定です(笑)。
いとう 時間ないじゃん、それ。早く撮っちゃわないと、素敵になっちゃうよ(笑)。童貞観があるうちに撮らないと。
入江 女子の童貞観(笑)! まさしく。
いとう 処女観というより、童貞観でしょ。男か女かわからない頃の。
入江 女という性になる前の……。
いとう 女ぶってる感じね(笑)。童貞なんだよな。
入江 処女って言うとなんとなくオシャレですし。
いとう 喪失だからね(笑)、オシャレだよ。
入江 是非、期待していてください(笑)。
いとう もちろん、期待していますよ。
<了>
(撮影:吉永和志)
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