転機を迎えたSAP社のビジネスモデル

ここで、日本の経済成長に目を向けてみよう。内閣府の資料によれば、1974 - 1990年度の日本経済成長率は平均3.8%、1991 - 2008年度のそれは平均1.1%となっている。そんな難しいことを謂わずとも、世界において日本経済が成長基調を維持していることに疑問を持つ方も多いに違いない。つまりSAP社のビジネスモデルを支えた「WIN - WIN - WIN」の前提が変わりつつあることを示している。

このマクロ指標の悪化へ直面したSAP社は、2006年に「中小企業への浸透」と「導入コストの低減」を打ち出し、SAPパートナー企業にも変革を求めた。なぜなら、大企業におけるSAP導入と中小企業におけるそれでは、ライセンス販売額も導入コストも大きく違うからだ。

たとえば、筆者が所属する日立コンサルティングを見てみよう。日立グループは1,600名以上のSAP認定コンサルタントが在籍する日本最大級のパートナー企業である。ところが、SAPマーケットが中小企業に移ったため、企業テンプレートの整備および追加開発(アドオン)はオフショアを活用するようになった。一方、日立コンサルティングに所属するコンサルタントは、俗にSAPerと呼ばれるSAP標準機能の実装作業(パラメータ設定)には従事しない。"SAPソフトウェア"というツールを用いて、ユーザー企業の価値を向上するにはどうしたらよいのか、というコンサルティングに従事するのだ。SAPパートナー企業のビジネスモデルに大きな変化がもたらされたのである。

これからのSAPパートナー企業に求められるもの

チャールズ・ダーウィンは謂う - It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent that survives. It is the one that is the most adaptable to change. - 生き残る種と言うのは最も強いものでもなければ、最も知的なものでもない。最も変化に適応できる種が生き残るのだ、と。また過日の日本経済新聞一面には「企業の稼ぎ頭交代」の記事が掲載された。いわく「有力企業で主力事業の交代が相次いでいる」と。

ユーザー企業が、自ら変化に対応する時代において、SAPパートナー企業も変化の波の中にいる。「SAPテンプレートを持ち、オフショア開発拠点を持つこと」が変化に対応する唯一の解ではない。低コストでツールを導入することは魅力的だが、十分とはいえない。過去の成功体験に依存し、経験やノウハウの蓄積があることをウリとするSAPパートナー企業はいずれ競争優位性を失う。これからのSAPパートナー企業には、ユーザー企業の変化に対応できるビジネスアプリケーションが求められているのだ。

過去10年ないし15年のビジネスソフトウェア市場は、SAP社にとってもSAPパートナー企業においてもおいしすぎる時代であった。しかし、ゲームのルールは変わった。SAPパートナー企業は淘汰される時代を迎えており、より高度な振る舞いを求められている。

今後のSAP市場においてWIN - WIN - WINのビジネスモデルは存在するのであろうか? 前提の変化を理解すれば、新たなビジネスモデルの構築は不可能ではないだろう。なぜなら、経営者にとって、企業活動が可視化され経営のステアリングを切る道具として、柔軟性を持ったITが依然として必要であることに議論の余地はないからだ。「日本企業の強みを知る」私たち日立コンサルティングとしては、日本企業がグローバルで活躍するためにSAPソフトウェアの思想を活かし、企業価値を最大化するには何をすべきなのか、SAPパートナー企業として新たな関係構築に取り組んでいく予定だ。

執筆者紹介

泓 秀昭(Fuchi Hideaki) 日立コンサルティング ディレクター

日本の大手情報機器製造・SI企業を経験後、SAPジャパンにて、プロジェクトマネージャーとして複数の大規模プロジェクトを手掛ける。コンサルティング事業の部長に就任後、主に製造業のお客様に対し、SAPジャパン主導による複数プロジェクトを統括、推進する。その後、日立コンサルティングに入社、現職に至る。