現実となったSaaS - 対応遅れ目立つ
ライセンスとサポートによる安定した収益モデルを確立したSAPだが、時代の波は変っている。ライセンスモデルに真っ向から反対するクラウドコンピューティング、そしてSaaSが新しいパラダイムとして浮上している。
この分野は、米Salesforce、米NetSuiteなどの専業ベンダが開拓した市場だが、SAPにとっては大きな脅威となっている。ここでのSAPの課題は技術的というよりも事業的、戦略的なもので、これまで収益性の高いパッケージを事業としてきたSAPのようなベンダが共通して直面している問題だ。
それは、SAPが2007年に発表した同社初のSaaS製品「Business ByDesign」の経緯を見ても明らかだ。SAPはいったんはBusiness ByDesignを発表したものの、その後運用コストがかかりすぎることが判明、マルチテナント型アーキテクチャに作りなおすなど、ボリューム展開計画は大きくずれ込んだ。現在、本格的に導入している顧客は40社程度、実験中の顧客を合わせても合計100社以下という限定的なロールアウトにとどまっている。
SAPはBusiness ByDesignを、All-in-OneとBusinessOneの中間に位置づけることで、製品の重複を避けた。だが、SaaSの利ざやは、パッケージの10分の1ともいわれ、価格付けは一種の賭けとなる。通常ならばAll-in-Oneを導入すべき顧客が、部門単位でBusiness ByDesignを導入、その後全社レベルで実装した場合、All-in-Oneに移行する必要がなくなる。とすると、製品の棲み分けは難しくなり、利ざやの低いBusiness ByDesignに流れる可能性も多いにある。
このように、SaaSでは既存製品の市場を食うなどさまざまなシナリオが想定され、製品へのインパクトはまだわからない。「これは、SAPに限らずソフトウェアパッケージを提供してきたあらゆるベンダ共通の課題」とWilson氏。それでもSaaSは現実であり、顧客の要求に応じていく必要がある。この市場はまだ新しく、顧客がどのようにSaaSとオンプレミスを使い分けていくのか、どのベンダも様子を見ながら展開することになりそうだ。また、ミッションクリティカルといわれるERPにSaaSが適しているのかという議論もまだ残っている、とWilson氏は釘を刺す。
Business ByDesignのボリューム提供は2010年に始まると予想されている。
SAPはこの数カ月、SaaSへ本腰を入れ始めたことを示す発表をいくつか行っている。6月、オンデマンドを率いる執行副社長John Wookey氏(昨年、ライバルOracleから引き抜いた)は新戦略を発表、2006年に買収したFrictionless CommerceのJavaベース技術をベースとした大規模なオンデマンドアプリケーションの展開、オンプレミスとのハイブリッドを可能にしていくことなどを発表した。現在、ホスティング型の「On Demand」ブランドソリューションとして、「SAP CRM」「SAP E-sourcing」などがあるが、2010年中ごろに支出管理ソフトウェアを展開する計画だ。また、Business ObjectsのオンデマンドBIソリューションも順調にロールアウトしている。
また、今年7月には、欧州主要市場を巡回する「SAP World Tour」にて、Business ByDesignで、「Google Search」などのGoogleのサービス、「Business Wire」「Morningstar」などの情報サービス、「Navteq 24」「MapQuest」などの地図サービスと統合可能にすることを発表している。
パラダイムシフトではないが、ソフトウェア業界のもう1つのトレンドがオープンソースだ。現在、業務ソフトウェアでは「SugerCRM」などが登場しており、小規模企業を中心に顧客を獲得しつつある。オープンソースERPは種類は少ないが、「Compiere」などがある。今後、機能や性能を改善していけば、無視できない存在になる可能性も十分に考えられる。
フロンティアを求めて - 新興市場とSMB
現在、SAPの主要顧客は大企業だ。地域別には、地元の欧州、北米、日本など成長国が中心となる。成長国の大企業にERPが浸透した後、SAPの次なるターゲットはSMB、それに新興市場だ。
ここでSAPは、従業員500 - 2,500人の中規模企業向けBusiness All-in-One、100人以下の小規模企業向けBusiness One、その間として、SaaSのBusiness ByDesignを100 - 500人の企業向けとして、製品展開している。ボリュームローンチが未だ行われていないBusiness ByDesignを除き、順調に成長しており、Wilson氏によると、2008年末時点での顧客数はBusiness Oneが前年比27%増の2万2,600社、All-in-Oneは同21%増の1万3,450社とのことだ。
また、新規分野として、2006年に発表したガバナンス、リスク、コンプライアンス(GRC)、最近ではサスティナビリティへのフォーカスも強めている。
今年5月、SAPの新しいCEOとして、Leo Apotheker氏が就任した。Apotheker氏は以前よりCEO代理を務めており、CEO就任は驚きの人事ではない。前任のHenning Kagermann氏とApotheker氏は2008年4月より1年以上の共同CEO体制を敷き、十分な移行準備を経た後のバトンタッチとなった。
感情を表に出さず冷静かつ論理的に話を進めるドイツ出身のKagermann氏に比べ、ベルギー出身のApotheker氏は温和な語り口が特徴だ。Apotheker氏が今後、巨大企業SAPをどのように率いていくのか、注目したい。