MWと書いて「ムウ」と読む。ムウといっても、郷ひろみと樹木希林が「お化けのロック」を歌ってたドラマとは激しく違う。『MW』は、手塚治虫が「ビッグコミック」に連載していた大人向けマンガだ。知ってる人は知っているけど、手塚治虫って結構破壊的で救いのない話をいっぱい描いてる。その中でも「MW」は極めつけにヤバい話の1つだろう。
注意! 以下、映画未見の方にはネタバレとなります
もう公開されたので言ってしまうが、「MW」とは米軍が密かに開発した毒ガス兵器のこと。日本のとある離島に貯蔵してあったMWが漏れ出し、島の住民が一晩のうちに死亡する事故が起こるが、米軍と日本政府により事件は闇に葬られる。だが、当局の目を逃れてこの島から密かに生還した2人の少年がいた。この2人の16年後を中心に物語が進む。……と、のっけから毒ガス兵器に政府の陰謀ですよ。21世紀の今起こってもおかしくないようなプロットを、30年前に考えついた手塚治虫はやっぱりすごいね。福井敏晴の『亡国のイージス』なんかもこのあたりが元ネタじゃないのかと想像。
主人公である島からの生還者の一人、結城美智雄は事件の16年後、エリート銀行員となっていた。頭が切れる超イケメンだが、その裏の顔は、復讐のため殺人を繰り返すいわゆるシリアルキラーだ。結城を演じるのは玉木宏。これは納得の配役でしょう。あまりアクション系のイメージはないけど、今回は格闘シーンも頑張ってる。そしてもう一人は賀来(がらい)裕太郎という神父。美智雄の犯罪を知っており、止めようと思いつつも、時に匿ったり荷担することになる悩み多き男。この賀来を演じているのは山田孝之なんだけど、こっちは微妙だなあ。過去のトラウマに苦しむところは『白夜行』にかぶるし、しかも見た目は『クローズZERO』とあんまり変わらない。こんな神父いねーよ!
ちなみにこの2人の設定は原作とは違っている。原作では2人とも島民ではなく、たまたま事件のとき島に居合わせただけ。また、原作の賀来は美智雄(原作では「美知夫」)より10歳くらい年上で、角刈りのアニキ系。名前も「賀来 巌」という、どこかの社長みたいなネーミング。ほかにもいろいろ違う点があるのだが、その話は後ほど。
さて、この映画の見どころはなんと言っても、美智雄が警察を翻弄しながら殺人を重ねていくところ。これがやがてとんでもない暴走になっていく。美智雄を追うのは、石橋凌演じる沢木という叩き上げの刑事だ。というわけで、冒頭からカーチェイスつきの激しい追跡劇が展開されるが、なぜか舞台はタイ。オイラも行ったことあるけど、昼間は外を歩く気にならないほど暑いよ。もういい年なのに、あんな所で日中に全力疾走したら死ぬぜ!石橋凌。最初から盛り上げたいのはわかるが、無理矢理『24』みたいな追跡シーン入れるのもいい加減見あきたなあ。
美智雄の犯罪がエグいのは、「最後のボタンを相手に押させる」というやり方。ネタバレなので詳しくは書かないが、わざわざ相手が一番イヤーな気持ちになる殺し方を選ぶ。それは良いんだけど、美智雄が犯罪におよぶ主たる理由が単なる恨みみたいな描き方なのが気になった。それにも関係あるけど、原作にあって映画に決定的にないものがある。それは「エロ」だ! 原作の美知夫と賀来はホモセクシュアルの関係で、しかも美知夫にホモを仕込んだのは賀来。これは物語の根底に関わる超重要ポイントでしょう? そして原作の美知夫は女を抱いた後殺したり、目的のために外人のオヤジやデブなおばちゃんとも平気でヤっちゃったりするわけだが、この映画ではその手のエロな要素はバッサリ切られている。美知夫がその美貌を利用して、老若男女かまわずたらし込み罠にかけてしまうところは『MW』のキモの部分だと思うんだけどな。
だいたいオイラに言わせりゃ「復讐のために」なんて理由自体が余分。復讐なんて普通に物事を考えられる人が思いつくもので、人間の心の闇はもっと不気味で底が見えないってところが見たいんだよ! 連続殺人鬼の魅力(っていうのも変だけど)は、理解しがたい理由でとんでもないことをしでかすところ。『MW』はそれを描くのには絶好の材料だったのに、いろいろ大人の事情があるのかもしれないけど、結果的に今イチ感漂う映画になってしまったのが激しく惜しい。
(C) 2009 MW PRODUCTION COMMITTEE