5月29日に公開される期待の超大作映画『スター・トレック』。『クローバーフィールド/HAKAISHA』を製作し、怪獣映画の概念を覆したJ.J.エイブラムスが、監督・製作として取り組んだ今回の一大プロジェクトは、「歴代シリーズのファンも、まったく初めて『スター・トレック』を見る観客も、両方とも満足させる」という、もっとも正攻法でもっとも困難な道を選択し、見事にそれを完遂している。この果敢な試みが成功したか否かは、5月8日にアメリカ本国で先駆けて封切られた本作が、公開3日間で7,520万ドルという興行収入を叩き出し、全米1位のロケットスタートを切ったという事実がすべてを物語っていると言えるだろう。

初代『スター・トレック』の前史に位置し、伝説的キャプテン、ジェームズ・タイベリアス・カークの初の航海を描く本作。ストーリーの大筋や、カーク役のクリス・パインをはじめとした、若きスターたちの紹介については別稿に譲るとして、ここでは日本でも根強いファンが存在する『スター・トレック』シリーズが、いかに日本の映像シーン、ひいてはオタクシーンに影響を与えてきたか、そのことを追いながら、最新の『スター・トレック』についても言及していきたい。

惑星連邦軍の最新鋭戦艦として船出する「USSエンタープライズ」。基本的な外観は約40年まえのそれとほぼ同じ。当時いかに革新的なデザインだったかがよくわかる

『スター・トレック』はオタク黎明期の屋台骨だった

人類が宇宙に進出した23世紀を舞台に、カーク以下USSエンタープライズの乗組員たちの冒険を描くSFドラマの金字塔『スター・トレック』。そのオリジナルシリーズが『宇宙大作戦』として日本で放送されたのは、1969年のこと(米国での放送開始は1966年)。同時代のSF作品には1966年の『サンダーバード』、1967年の『ウルトラセブン』、1968年の『2001年宇宙の旅』などがあり、意外なところでは『ドラえもん』が1969年から連載されている。

さて、仮に1960年前後に生まれた子供がいたとして、彼らが思春期の多感な時期にそうした『スター・トレック』などのSF的要素に満ちた作品群を熱心に見て育つとどうなるか――? 80年代中盤ごろになると、彼らは大学生になったり、あるいは社会人になったりして、次第に『スター・トレック』などの特撮作品や、アニメ作品などへの愛情を込めた表現活動を社会に向けて行うようになる。これこそすなわち、オタクの誕生である!

……もちろんほかにも様々な要素が背景にあるので、ここまで単純には言い切れないが、それでも日本の初期のオタク業界をリードしてきたクリエイターたちにとって『スター・トレック』が、いかに「ストライク」な作品だったかが、おわかりいただけたかと思う。アニメ界を例に取れば『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督が1960年生まれ、『機動武闘伝Gガンダム』の今川泰宏監督が1961年生まれ(なかでも今川監督はトレッキーとして名高い)。彼らは一種の「『スター・トレック』チルドレン」として、新たな映像作品を世に送り出してゆく。

こちらはカークの父がキャプテンを務めたUSSケルヴィン

オタクやってて良かった…きっとそう思う

そこからさらに四半世紀ほど時代が流れて、2009年。現在ではその次の世代にあたる「『スター・トレック』チルドレン・チルドレン」(ややこしいな)が、20代から30代となって、オタクのボリュームゾーンを形成しているわけだが、そんな彼ら(筆者含む)が、2009年の最新映画『スター・トレック』をいきなり見ると、はたしてどうなるか?

すなわち「うおお、『トップをねらえ!』の宇宙怪獣っぽい!」「こっちのメカは『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』で見た!」と思わず拳をぐっと握らずにはいられない、オタク的名シーンのオンパレードが、眼前に目まぐるしく展開することになる。しかもそれが巨費を投じたハリウッドの最新映像技術で、よりグレードアップして大スクリーンで見られるというわけで、思わず「オタクやっててよかった……」と感涙せずにはいられない。もちろん先ほど述べたように「『スター・トレック』が○○っぽい」のではなく、「○○が『スター・トレック』っぽい」わけだが、ともあれそうした日本の傑作群からオマージュを捧げられてきた『スター・トレック』が、オリジナルシリーズのエッセンスを濃厚に残しつつ、新鮮な驚きに満ちた作品として、見事に映像化されたことには心から拍手を送りたい。

シリーズの中心的人物、カーク(右)とスポック(左)も見事に若返り。それにしてもスポック、よく見ると『伝説巨神イデオン』のバッフ・クラン人っぽい……(逆! 逆!)

さて、『スター・トレック』シリーズをまったく知らないという、さらにライトなオタクに向けても鑑賞のガイドラインを引いておこう。近年放映された人気作品のなかにも『スター・トレック』の遺伝子を受け継いだ作品はもちろんある。アニメの分野から一例を挙げるならば『マクロスFRONTIER』と『天元突破グレンラガン』がそれだ。この2本のどちらかが楽しめた人ならば、ほぼ間違いなく今回の『スター・トレック』も楽しめるだろう。

1本目の『マクロスFRONTIER』は、まずそのタイトルの「FRONTIER」が、『スター・トレック』の冒頭のナレーション「宇宙、そこは最後のフロンティア……」を意識したものであることは言うまでもない。「巨大な宇宙戦艦で外宇宙へ繰り出す」という大枠の設定や、異星文化との接触など、『マクロス』シリーズそのものが、『スター・トレック』の影響を色濃く反映している。ちなみに今回の『スター・トレック』の敵、ネロ率いるロミュラン人の一味とその戦艦は、やたら初代『超時空要塞マクロス』のゼントラーディ軍っぽい(ここも「逆! 逆!」と突っ込むポイントではある)。銀河を股にかけた迫力の艦隊戦も、両シリーズに共通した見どころだ。もっとも『マクロス』シリーズのようなアイドル的歌姫だけは出ないので、その点はご容赦を。

2つ目の『天元突破グレンラガン』は、血気にあふれた主人公たちが宇宙へ繰り出してゆく後半の展開などは、いかにも『スター・トレック』っぽい。もうひとつ付け加えると『グレンラガン』と言えば、やたらドリルが出てくるアニメなわけだが、今回の『スター・トレック』にも負けじと惑星サイズの超巨大ドリルが出てきたりする。「いいドリルしてますねえ」と感嘆せずにはいられない。ドリル萌えはとにかく必見のフィルムだ。ほかにも重機萌え、工場萌えなど、メカ好きには幅広くおすすめ。

建造中のUSSエンタープライズを見上げるカーク。本来は宇宙で建造されたという設定だったが、それを改変してでも映像化する価値のあった、本作の白眉と言えるシーンだ

受け継がれるオタク魂

このように1960年代から現在に至るまで、様々な形で日本の映像シーンに影響を与え続けてきた『スター・トレック』シリーズ。最新作となる本作は、若きカークが宇宙船のキャプテンを務めた父親を追い、自らもUSSエンタープライズのキャプテンとなるまでを描いている。それは『スター・トレック』という伝説的作品の高みを目指し、若いキャストを率いて新たな作品作りに取り組んだ、監督のJ.J.エイブラムス以下、スタッフたちの姿とも二重写しになっている。そしてその「先代と次代」という関係性は、『スター・トレック』をリアルタイムで見てきた親の世代の観客たちと、『スター・トレック』という伝説の存在を聞いて育った子の世代の観客たちにとっても、同じことが言えるのではないか。

かつてオタクにとって『スター・トレック』とは、共通認識と言えるほどの存在だった。しかし現代のオタクにも、その伝統が受け継がれているとは言いがたい。そんな折、我々の前に姿を見せるまったく新しい『スター・トレック』は、世代の差とオタク度の濃い薄いを問わず、オタクの基礎教養と再定義するだけの魅力を備えた、堂々たる王道のスペース・エンターテインメントに仕上がっている。伝説に直接立ち会ってきた世代のオタクたちと、その伝説の偉大さを聞いて育った新しいオタクたち。その両世代をつなぐ、新たな伝説的作品の誕生の瞬間に、ぜひ劇場で立ち会いたい。

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