NTT マイクロシステムインテグレーション研究所 第一推進プロジェクト部長 門勇一氏

「キラーアプリケーション」については、初期の適用分野としてオフィスにおけるセキュリティが紹介された。「通過するだけでドアが開く」、「触れるだけで自分が印刷した文書だけがプリンタから排出される」など、人体通信は自然な動作で認証を可能にする。そのため、人体通信によりユーザーに煩わしさを感じさせることなくオフィスのセキュリティ対策を強化することが可能というわけだ。将来は、鉄道の改札や課金・決済システムなどへの適用も期待されている。

また、人体通信に必要な装置の低コスト化と小型化が進められているという。具体的には、「LSI化と低電力化」、「ファームによる機能の書き換え」、「アナログ回線の無調整化」などが行われている。

NTTでは、実際の利用シーンを忠実に実現するために、人体ファントム(人体のダミー人形)でモデル化したものを通信の品質を評価している。加えて、通信の安定化に向けて、「人体周辺の浮遊容量を考慮して高効率で信号を誘起する技術」や「雑音を除去するなど、高感度で電界をセンシングできる技術」の開発が進められている。

「人体を介した通信」ということで、最も気になるのが人体への影響だろう。加えて、門氏によると、「人体通信の装置を持っていたら、背中を触られただけで情報を盗まれるのではないか?」といった不安を覚える人もいるという。

データの安全性については、装置に認証と暗号化の機能を搭載したうえで、セキュアなデータ管理を実現する必要があり、その開発が進められている。

人体への影響を判定する方法はいくつかある。1つは、電界の強度が基準値を満たしているかどうかなど、電波法に適合しているかどうかを評価する方法だ。現在、装置単体での試験と人が装置を装着した状態での試験の両方で、微弱無線の基準をクリアすることが確認されている。

また、携帯電話の人体への影響を示す際に用いられる「SAR(比吸収率)」の評価も、人体通信が人体に与える影響を考える上で欠かせない。総務省では、電波が人体に与える安全率を考慮した基準として「電波防護指針」を策定しているが、同指針では基準値をSARで示している。

同フォーラムでは、電磁波が生体に与える影響を研究している首都大学東京電気電子工学専攻の多氣昌生教授が、人体通信へのSARの検証結果を発表した。同氏によると、「人体通信のSARの値は十分小さく、SARの制限には余裕があることが示された」という。

セキュリティを高めるために、専用デバイスを持ち歩き、あちらこちらで認証作業を繰り返す現在を考えると、「歩く」「座る」「握る」といった日常生活の中で行っている動作で認証を可能にする人体通信に魅力を感じる。また、人体通信はオフィスのセキュリティに限らず、救急医療や生体データの管理など、医療の現場での利用も考えられているという。人への負担が少ない、かつ、人に優しい人体通信。これからいかにして普及が軌道に乗っていくのか楽しみだ。