Webにもムーアの法則を
この日、O'Reilly氏は2つのメッセージを示した。まず「The Power of Less」だ。
これまでの経済成長は規模とコストの拡大を伴うものだった。だから昨年の原油価格の高騰や今日のような経済状況に落ち込むと、なかなか成長ペースを取り戻せない。そこで同じ規模やコストの枠内で、以前より大きな成果を生み出す方向にテクノロジーを活用するべきというのが同氏の主張だ。「われわれは世界の困難な問題にムーアの法則を適用する必要がある」という。
例えばPatientsLikeMeだ。医療体験を共有するサービスで、ALS、パーキンソン病、うつ病など9つのカテゴリーが用意されている。ある症状に対する特定の薬の効果など治療体験を広く共有することで、難病と闘う人たちの手助けをするとともに、新しい治療方法の研究を推進させようとしている。これまで医薬品会社が莫大なコストと数年の時間をかけて収集してきた治験データが、より大きな規模で蓄積され、それらを全ての研究者や医師が利用できる。
もう1つのメッセージは「Build a simple system - let it evolve」だ。シンプルな形で、そこからコミュニティの力で成長・進化していくシステムにまとめる。
例えばIBM PCだ。PCそのものはシンプルだが、オープンアーキテクチャであったためエコシステムの拡大によって価値が追加された。Webも起点はTim Berners-Lee氏が開発したシンプルなWorldWideWebブラウザとWebサーバであり、同氏がそれらをパブリックドメインとしたことで今日の成長に至る。
O'Reilly氏はさらに、会場のWeb開発者に「デジタル・コモンウエルス」という考え方を付け加えた。
コミュニティの力を活用できるシステムであっても、必ずしも好ましい方向に進むとは限らない。その実例が、昨今の金融業界である。ファイナンシャル・システムもネットワーク化された信頼(集合知)の上で機能している。例えばバーナード・マドフ証券は、そこに秘密主義で割って入った巧みなスパマーのような存在だった。ポンジー・スキームにプロまでもが気づかずに500億ドルの詐欺事件に発展、結果的にヘッジファンド業界全体の大打撃となった。人々が自己のためだけに行動していては、ネットワーク化された市場は衰退する。個々が社会全体の価値を作り出すコモンウエルスをビジネス原理にしてこそ、Web市場は成長・発展する。
過去5年にわたってO'Reilly氏は「Web 2.0の次は何か?」と問われ続けてきたそうだ。Web 2.0の仕掛け人と目されているのだから、当然だろう。セマンティックWeb、バーチャルリアリティ、ソーシャルWeb、モバイルWebなどを挙げ、そしていずれの可能性も否定はしなかった。同じ種類のサービスでも、成功するものがあれば、失敗するものもある。「大切なのは、われわれに何をもたらすかを見極めることだ」と述べていた。