ついに本日CDデビューをはたす「アフィリア・サーガ・イースト」だが、これまでメンバー紹介を中心にその素顔に迫ってきた本企画もついに最終回。そこで今回は、「アフィリア・サーガ・イースト」の仕掛け人にして、生みの親である、プロデューサーの志倉千代丸と桃井はるこの両名に「アフィリア・サーガ・イースト」の真実を語ってもらった。

志倉千代丸(左)と桃井はるこ(右)


アフィリア・サーガ・イーストのスタート地点

――アフィリア・サーガ・イーストの構想はいつごろからありましたか?

志倉千代丸「"アフィリア"の店舗はまず池袋がオープンして、そこから、名古屋、大阪へと全国展開が始まったわけですが、最初のころは、いろいろな店舗から女の子の代表、もしくはその全員が集まってライブができたらいいなって漠然と思っていたんですよ。とはいえ、あくまでもキャストの子たちはアルバイトで働いているわけですから、それを実現するのは難しかったんですね。お店で働けなくなっちゃいますから。でも現在は、キャストが百数十名もいるわけですよ。そうなると、その代表者を集めて何かやれるのではないか、ということでやっとスタートにこぎつけました。ですから、『アフィリア・サーガ・イースト』の構想自体は、かなり初期からありました。ただ、メンバーの問題もあったし、さすがに自分ひとりでやるのは少し大変だなって思っていたわけですが、ちょうどそのとき、ふと気付けば桃井さんが横にいたという感じですね(笑)」
桃井はるこ「『アフィリア・サーガ・イースト』は、私のやりたいことともすごく合致していたんですよ。アフィリアの世界って"魔法"がテーマじゃないですか。私は"音楽"って"魔法"みたいなものだと思っているんですよ。たとえば卒業式のとき、人は何で泣くかというと、スピーチではなく"音楽"で泣くんです。『仰げば尊し』とか『蛍の光』とかを歌いながら、そして聴きながら泣くんですよ。"音楽"は人の心を動かす、その場の空気を変える"魔法"みたいなものだと思っています。私自身も、そういう意味で"魔法使い"になりたいと、ずっと思いながら音楽をやっています」

――その思いがアフィリアの世界観と一致したわけですね

桃井「アフィリアのお店で彼女たちがお客さんに接しているのを見ていると、本当にいい子たちなんだなって思うんですよ。奉仕の精神といいますか、あれだけの優しい接客は、本当に根が優しくないとできないんじゃないかなって。そして、彼女たちはアフィリアの"魔法使い見習い"なわけですよ。だから、そういった雰囲気、優しさを持つ彼女たちなら、"音楽"という魔法を使えるのではないかと思いまして、彼女たちのために私も曲を作ったり、歌詞を書いたりさせてもらいたいなって思うようになりました。あとはあの衣装ですね(笑)。個人的に、あの制服を着た女の子が、歌い、そして踊っているところを観てみたかったんです」
志倉「『ルミナスの泉』のカップリングで、Live 5pb.でも披露した『My White Ribbon』という曲があるのですが、あの曲は、アフィリアがオープンしてから半年後くらいに作った曲なんですよ。まだ店舗も池袋店のみで、キャストも1期生しかいないころだったのですが、その1期生全員にソロを割り当てて、サビを全員で歌うという感じで作ってあります。そのころから、おぼろげながらも構想はあったわけですよ。でも、実現するのには少し時間がかかりましたね」

――桃井さんの協力を得て、ついに動き出した「アフィリア・サーガ・イースト」ですが、メンバーを選ぶ際は悩みましたか?

志倉「悩みましたね。僕自身、キャストの子を全員を知っているわけではないんですよ。3期生ぐらいまでは面接をしていたのである程度はわかるのですが、今ではまったく会ったことのない子もいたりするので、お店にこっそりと覗きに行ったりしながら(笑)、スタッフと一緒になって悩みました。ただ、メンバーについては今も悩み中です。今の9人がすべてではなく、またこれから新しいメンバーが増えることになると思いますので」

――メンバーを選ぶ際に基準のようなものはありましたか?

志倉「アルバイトで働いている女の子たちなので、すぐに就職しちゃう子もいれば、親に反対される子もいるわけですよ。普通アイドルになりたい子は、それなりの「熱」というものを帯びているのですが、そういうタイプの子たちではないところから選ばないといけなかったので、そういう周辺の状況を考慮しながら、この子だったら問題ないし、タレント性もあるんじゃないか、といった目線で選んでいます。スタートは10人前後だろうと思っていたので、いい人数だと思っています」