カシオ計算機執行役員で時計統轄部長の増田裕一氏 |
「BASELWORLD 2009」でカシオ計算機は25日(現地時間)、報道関係者向けのカンファレンスを開催し、同社執行役員時計統轄部長の増田裕一氏が時計事業の戦略を説明した。
増田氏は、ここ数年の世界のウオッチ市場における出荷の統計を金額ベース、数量ベースでそれぞれグラフで示し、金額では年々増加しているものの、数量では急速な縮小傾向にあることを指摘。地域別に見ると、スイスの製品は出荷数量に大きな変化がないにもかかわらず売上高を伸ばしているのに対し、中国の製品は売上が微増なのに対し数量を大きく減らしている。
携帯電話など時計機能を持ったポータブル機器が普及したことで、単に時刻を知るための道具としての時計は需要が縮小しており、低価格商品が中心の中国製品が苦戦している格好だ。一方で、ブランド力のあるスイス時計は、1商品あたりの単価を引き上げるのに成功していることがこの統計から読み取れる。増田氏は「この傾向は昨今の世界的な不況でさらに加速すると考えられる。今後の時計業界では、顧客にとって魅力的な付加価値を持つブランドだけが生き残ることができる」と話す。
しかしカシオの時計は、スイスの伝統的な機械式時計のような、長い歴史によって醸成されたブランド力は持ち合わせていない。その代わりに日本の時計業界が得意としているのが、次々と新しく開発される先進的な技術によって機能性や信頼性を提供することだ。特にカシオは、エレクトロニクスの技術を競争力の源泉とする企業である。この技術によってウオッチ商品の付加価値を高めようとするのが同社の戦略だ。
増田氏はスイス時計とカシオの時計を次のように対比させた。コア技術は、スイスが機械式であるのに対しカシオは電子式。マーケティング上のメッセージとして強調されるのは、スイスが「伝統」であるのに対しカシオは「進化」。結果としてスイス時計はハンドメイドの豪華な"一生もの"の製品ブランドとなるが、カシオは若々しくアクティブで"cool"なイメージのブランドとしている。
カシオは「G-SHOCK」「PROTREK」といった高機能デジタル時計で世界市場におけるブランド価値を確立した。このカテゴリの商品では、同社のエレクトロニクス技術が他社に対して強力な優位性を発揮できるため、安定した売上が確保できる。しかし、世界のウォッチ市場の80%はアナログ時計であり、同社にとってアナログ時計での売上拡大の余地は大きい。
増田氏は、2003年に時計統轄部長に就任して以来の中期的な戦略として、同社がそれまで弱かったメタルアナログ時計の強化を打ち出した。そして投入された「OCEANUS」「EDIFICE」の両ブランドは、競合の多いアナログ時計市場においても、デジタルで培った同社の先進的な技術をアナログ時計に投入するというコンセプトで成功を収めている。先進的な技術とは、具体的には「マルチバンド6」などの電波時計機能、ソーラー発電機能の「タフソーラー」などを指しており、今年のBASELWORLDでは、それらの機能に耐衝撃性などを追加して昨年新開発したアナログムーブメント「タフムーブメント」をカシオの目玉技術としてアピールしている。
増田氏は、G-SHOCKなど同社が従来から強みとしているデジタル時計中心のブランドを「オリジナルカテゴリ」、メタルアナログ時計のブランドを「競争的なカテゴリ」と分類し、ここ数年は後者の競争的カテゴリにおける売上が大きく伸び、時計事業全体の収益増に貢献してきたと説明する。
不況もチャンスになり得る
この1年で世界の経済状況は大きく変化し、時計業界においてもこの不況の影響は避けられない。しかし増田氏は「カシオにとってはこの不況もチャンスになり得る」と話す。不況下においては当然、高額商品の売れ行きは鈍る。しかしカシオの場合、先の分類でいうオリジナルカテゴリの商品はそもそも競合が少なく、ターゲットユーザーも景気の変動に影響を受けにくい若年層が中心だ。それぞれのカテゴリに注ぐ力のバランスを変化させることで、さまざまな経済状況に対して柔軟に対応できるというわけだ。
「現在は1990年代初頭のバブル崩壊後の状況に似ている」と増田氏は話す。当時も金融の問題でモノが売れなくなり、しかも急激な円高で輸出が増えても儲からないという状況にあり、時計業界全体の業績は落ち込んだ。しかし、その中でカシオは空前のG-SHOCKブームを迎えており、他のブランドに対して相対的に優位な位置に立った。また、それまで性能・機能を売り物にしていたのに対し、90年代以降はファッションやカルチャーの一部としてG-SHOCKブランドを訴求する方針を採り入れたことで、ブームをさらに拡大することに成功した。
現在のカシオの戦略は、同社のコアであるエレクトロニクスの技術をさらに進化させるとともに、その技術を活かしてスタイリッシュなデザインを実現するといったものだ。技術とデザインの両輪を融合する戦略とも言える。例えば、今回日本でも発売されるEDIFICEのメインモデル「EQW-M1000」では、独立して自由に動くディスク針がモータースポーツを想起させ、デザイン上のポイントになっているが、この動きは機械式時計では表現できないユニークなもの。単に高度な技術を搭載するのではなく、単に格好良くデザインするのでもなく、双方の要素が互いに支え合う形で優れた製品を形作っている。
増田氏はこの方針をさらに強化していくとしており、さらにさまざまな新技術の可能性を追求していくとともに、その技術に裏付けられた質の高いデザインを世に出していく意向だ。厳しい状況の中で、スイス勢の伝統・歴史に対し、何をもってカシオのブランド価値を表現していくか、BASELWORLDの展示からまた1年、同社の新たな挑戦が始まろうとしている。
既報の通り、「2009 Red Bull Air Race World Championship」のオフィシャルスポンサーとなることも発表された。左はパイロットのMatthias Dolderer選手 |