今年度アカデミー賞13部門に最多ノミネートされ、日本でもロケットスタートを切った『『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』。本作でメガホンをとったデヴィッド・フィンチャーが、12年ぶりに来日、インタビューをすることができた。大ヒット作『セブン』、『ファイトクラブ』に続いて、ブラッド・ピッドとの3度目のタッグでも話題のこの作品。ケイト・ブランシェットという圧倒的な美しさと存在感を見せるヒロインを迎えて、今までのフィンチャー作品とはひと味違う、愛情あふれる人間ドラマを紡ぎ出している。
今回のインタビューは、アカデミー賞をチクリと皮肉ったり監督の少々アイロニカルな一面も顔をのぞかせ、笑いの絶えない取材となった。
――80歳で生まれて、人とは反対に若返っていく人生を歩むベンジャミン・バトンの物語ですが、会見で監督はこの作品を"little movie"とおっしゃっていましたね
デヴィッド・フィンチャー監督(以下:フィンチャー)「バックグラウンドは大きいし、描かれる時間は壮大なもの。けれど、端的にいえば、二人の人間の愛の物語なんだよ。そういう意味で、僕はこの映画を"little movie"だと思っている。
主人公の外見と中身(の年齢)が違うというのは難しいことだが、6歳の子供だからこうだ、と決めつけることはしなかったんだ。ブラッドと本当に時間をかけて、楽しみながら決めていったのがよかった。よい結果が出たのは彼のおかげだと思うよ」。
――老け役の特殊メイクをしたブラッド・ピットを見たとき、どう思いましたか
フィンチャー「正直言って、自分が見たときに笑ってしまうようなものになっていたら嫌だなと思っていたんだ。CGを使わない特殊メイクだけのシーンは、たしか長い白髪のベンジャミンがエレベーターに乗っているところがいちばん最初。確かな出来で、存在感のある仕上がりになっていたのでホッとしたことを覚えているよ」
――ブラッド・ピットを一言で表わすとどんな役者ですか
フィンチャー「直感的な人。作り過ぎるということをしないんだ。考えて考えて、あるポイントまで行ったら自分を解放する。そして、その瞬間瞬間で周囲の状況を把握して、それにあった演じ方ができる俳優だと思う」
――第81回アカデミー賞に、今回最多の13部門でノミネートされていますね。監督はオスカー獲得にはあまり興味がないようですが、受賞監督になれば大変な資金集めが少しは楽になるのでは?
フィンチャー「(通訳者のほうに向かって)キミ、笑ったね(笑)。それに関しては、よくわからないな。アカデミー賞はたくさんの様々な職業のスタッフが関わっている。いろいろな形で評価されるわけだけど、まずはじめに政治的な絡みがある。あと、どんな理由で選ばれるのか、そこがわからないんだよ。"私はアプリコットが好き"、"僕はぶどうが好きだね"というのと変わらないんじゃないかっていう気がするんだ」
――それにしても、監督の代表作である『セブン』『ファイトクラブ』とはずいぶん趣のちがう作品ですね
フィンチャー「マクドナルドじゃないんだから、いつまでも変わらないで、ここにきたらこうなるなんてことはありえないよ。心境の変化なんて年柄年中だしね。変化というのは進化なんだよ。連続殺人ばかりやっているわけにもいかないからね」
――ブラッド・ピットは「監督とはあと3本映画を作るよ」と言っていましたが、次回作はどんなものになりそうですか
フィンチャー「彼とは本当にいろいろな話をしてるんだ。たくさんのプランがあって、その中にはコメディもあるし、実は、アクションいっぱいのSFものも作りたいと思っている。それだと相当な金がかかるし、暴力的なものになると思うから実現にこぎつけるかはわからないけどね。二人で、あれもやりたい、これもやりたいと話しをしているよ」
この日、撮影したカメラマンの中に、『ファイト・クラブ』を見て衝撃を受け、映画に携わる仕事に転職したという人物が。そのことを監督に伝えると、彼はいたく感激した様子で「君のような人に会うのは、監督として本当に光栄だ」と話していた |
PROFILE
David Fincher
1962年アメリカ・コロラド生まれ 46歳
有名アーティストのミュージック・ビデオ制作に携わった後、『エイリアン3』('92)で長編映画監督デビュー。モーガン・フリーマン、ブラッド・ピットの出演した『セブン』('95)で一躍その名を世界に知らしめる。キリスト教の"7つの大罪"に沿って起こる連続殺人の物語は、人々に鮮烈な衝撃を与え、興行的にも大成功を収める。その後、'97年に『ゲーム』を発表し、'99年には『ファイト・クラブ』で再びブラッド・ピットと組み、大ヒット。ほかに『パニック・ルーム』(2002年)、『ゾディアック』(2007年)など。
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インタビュー撮影:石井健