もうすぐバレンタインだ。と言っても、この歳にもなると別にミルクチョコレートや生チョコみたいな甘くとろける恋愛に憧れたりはしない。甘いだけだと嘘っぽく思えて、ちょっと苦いくらいのほうが落ち着く。ただし、苦すぎると喰えたものじゃないので、カカオ分75%くらいが限度といったところかな。いや、チョコレートの映画ではないのだが。
この映画は、監督・脚本を務める山岡大祐氏が自らユーロスペースに持ち込み、上映が決定したというもの。派手な仕掛けも凝った謀略も狙ったナンセンスもない、リアルな大きさの「生きること」という素材そのままを切り取った、ものすごくシンプルで、でも滋味溢れる物語だ。
実は昨年別の映画館に持ち込んで上映が決まっていたのだが、そこが同作の上映を待たずに閉館することになってしまったのだそうだ(このあたりの経緯は対談「ユーロスペース支配人×新進映画監督のインディペンデント映画談義 - 「ネットではなく映画館で観ることの意義」で)。その後、ユーロスペースでの公開が決定したのだが、公開までに少し時間がかかったことで、冬の時期に上映されることになったわけだ。同作の撮影は2月に行われたそうで、舞台である武蔵野の冷えて乾いた空気感が映像から伝わってくる。この作品はとても寒い日に観ると、多分その空気感をより共有できると思う。
主人公は、小さいながらも人気のあるレストランのオーナーシェフだった涼子(渡辺真起子)、30代女子。夫の大地(山本浩司)らと共に店を営んでいたが、ある事件をきっかけに摂食障害に陥り、職場からも離されてしまう。大地は献身的に涼子の治療のために尽くし、涼子はそれを徹底的に拒む……。この夫婦、もう物語の最初から崩壊している。夫婦の関係が崩壊しているだけじゃなく、お互いと居ることで正常な人間性も崩壊するほど何かがおかしくなっている。かみ合わない歯車を無理に回すから、歯が欠けるばかりだ。
とにかく涼子の"俺様"っぷりが見事で、作品まるごと渡辺真起子に持って行かれたと思うほど、全部が彼女を中心にまわっている。いや、そういう役なのだろうけど、それにしてもだ。その涼子に犬のように付き従う大地の鬱陶しさもいっそ清々しく、無自覚にエゴを垂れ流すところは涼子の"俺様"に引けを取らない"王子様"っぷり。
そうした描写がいちいちリアルで、けっこう痛い。わざわざ相手をムカつかせる涼子の受け答えには「端から見るとこうなのか……」と我が身を振り返ったり、二人のケンカのシーンなんかはもう「あちゃ〜」って感じだ。そんな二人がある時点では滑稽にすら見えて、痛いながらもちょっと苦笑いしてみたりもするわけだが。
煩い大地から逃げ、職場には拒絶される涼子の行き先は、友人の由佳(田辺愛美)のもと。大地に対してガッチガチでトゲトゲな反応しかしなかった涼子が、由佳の肩ではシオシオになっている。これが一人の人間の二面性でなく一つの面の振り幅として、本人的には矛盾無く存在しているところがまたリアルだ。
まあ、こうしたシーンがリアルなだけに痛々しく、ものすごく自分を投影してしまえる描写が多いだけに、このまま救い無く終わっちゃったら観てしばらくは自己否定から抜けられませんよ30代女子! ……と途中でハラハラしたのだが、安心して下さい。ただそれだけで終わるわけではありません。迷える者にトドメを刺すのが監督の目的ではなかったようで。
では、どこからか幸せが降ってきたり湧いてきたり、庭に咲いているのに気がついたりするのかというと、そういうわけでもない。本当の意味で自分を救えるのは、本当に自分を救おうとする自分の意志だけなんですよ、30代女子。
というわけで、バレンタインレイトショーなんて言いながら全然バレンタイン的ハッピーエンドな物語ではないのだけど、しかし、夫や恋人にただ甘いチョコをあげるだけの関係ではなくなってきているなと感じる世の女性達にとって、また逆の立場の男性にとっても、ビターなチョコを分け合って自分とお互いを見つめ直すバレンタインがあってもいいのかもしれない。
『ロストガール』は2月14日(土)より渋谷・ユーロスペースにて連日21:10 より上映。初日には出演者、監督による舞台挨拶&トークイベントを実施。また、その他にもイベントが予定されている(詳細はオフィシャルサイトにて)。