今年も1月8-11日にかけて米ネバダ州ラスベガスで開催されたCES 2009。今回は期間中に行われた米Cisco Systems会長兼CEOのJohn Chambers氏による基調講演の内容を紹介する。ネットワーク機器ベンダー最大手で知られるCiscoだが、北米地域ではコンシューマ向けネットワーク機器で最大シェアを誇るLinksysブランドを傘下に抱え、またセットトップボックス(STB)ではMotorolaと並んで世界最大手のScientific Atlantaを買収するなど、家電事業に深く足を踏み入れている。同社の戦略ビジョンからは、デジタルホームの未来を占うヒントを見出せるに違いない。

破綻したNortelと業界トップのCisco、その差はどこに?

1月14日(米国時間)にカナダの大手ネットワーク機器ベンダーNortel Networksが米連邦破産法11章を申請し、事実上破綻した。市況の悪化で需要が低迷、資金繰りに行き詰まっての決断だった。旧名のNorthern Telecom時代はデジタル交換機の市場でトップベンダーの地位を獲得していたが、今では当時ほどの勢いはない。だが一方で、状況は苦しいながらも競合であるCiscoはビジネスを継続している。この差はどこにあったのだろうか。

米BusinessWeek誌が「Why Innovation Could Not Save Nortel」というタイトルで興味深い記事を掲載している。記事の趣旨を総括すると、「Nortelは2年前にR&D戦略の大改革を行ってWeb 2.0などの新技術に注力を始めたが、長年染みついた企業文化をすぐに変えることは難しく、短期間で功を奏することはなかった。逆に、主力事業だった音声通信などのキャリア向けテレコム事業で足下をすくわれてしまった」という内容だ。年々厳しさを増す通信事業、ライバルとの戦いのなか、新天地を求めて開拓を進めたNortelだったが、その途中で力尽きてしまった格好だ。同記事では「Ciscoなどのライバル企業もすでに同じことを考えており、長年にわたって新分野のR&Dに力を入れてきた。新技術獲得や適合のスピードも速く、きちんと実用化できている」とも指摘している。この記事はNortelの話だが、同時にCiscoの強さの秘密にも触れている。

CES 2009で基調講演を行った米Cisco Systems会長兼CEOのJohn Chambers氏

米CiscoのChambers氏がたびたび標榜しているのが「No.1戦略」だ。No.1戦略とは、進出した分野でNo.1の地位を獲得し、隣接した他の分野での競争を有利に進めるというものだ。例えば、Ciscoはルータやスイッチで有名な企業だが、ここでのシェアを武器にセキュリティ、VoIP、ストレージなど、他の分野へも徐々に侵食を続けている。同一のプラットフォーム上ですべてのソリューションを提供できるほうが有利だからだ。少なくとも、スマッシュヒットとなった製品はこうした形で少しずつ足固めを行ってきたのがCiscoの強さだ。

また、同社は新分野や新市場への進出にも積極的だ。中国など新興国での事業、中小企業攻略のためのパートナー/チャネルの拡充、Web 2.0など新分野への挑戦などがここに挙げられる。TV会議システムのTelePresence、電子看板のDigital Signageなどは、近年のR&Dから生まれた成果物だ。Ciscoの新分野や新市場への進出は、既存事業の補完や市場のパイを広げていくことが根源にある。既存の事業を優位に進めつつ、事業全体を拡大することが狙いだ。ここがライバルとの差になっている。

加えて、筆者の視点から見ると、Ciscoは新技術への嗅覚が優れていることも注目点だ。TV会議システムや電子看板は高い需要が見込まれる分野だ。事実、Digital Signageはすでに多くの電機メーカーが進出を試みている。TelePresenceも初期のバージョンは非常に高価だったが、中小企業向けやコンシューマでの利用が広がることで、より身近なものになっていくだろう。

同社の動きを見ていれば、数年先のトレンドが読めると考えられる。こうした意味で、現在Ciscoが最も力を入れている家電分野は今後数年のうちにネットワークをベースにした新技術による競争が起こり、IT業界の"台風の目"となる可能性を秘めている。

TV会議システムのTelePresenceを医療分野に応用した例。体温計や血圧計など、すべての医療機器はネットワーク接続されており、TVモニタを通して医師が遠隔地から診断を行える。在宅介護や土地が広大で人口密集度が低いエリアなどでの利用に適しているかもしれない