冷戦時代、英国政府がその存在を決して明かさなかった英軍秘密情報部「MI6」。いかにもスパイらしい組織だった。それがいつの間にか公になってるよ? と思ってたら、イギリス情報局秘密情報部「SIS」に改称、CIAと一緒になってイラクの大量破壊兵器を捏造したり、最近はホームページで職員募集したりと、トホホな話題ばかり聞こえるようになってきた。しかしそんな世間の流れにはお構いなしに、今も「スパイ映画」の伝統を守り続けているのが、皆さんご存知の007シリーズだ。
もっとも、007シリーズも往年のショーン・コネリーの頃とはずいぶん様変わりしている。ジェームズ・ボンドも6代目、演ずるはダニエル・クレイグというちょっと強面系の俳優だ。クレイグ版007のポイントは「原点回帰」。イアン・フレミングの原作に沿ったハードボイルド路線に戻るってことだけど、長いシリーズの間に何度も原点回帰してるのよね。ただ前作のクレイグ版ボンド第一作『007/カジノ・ロワイヤル』はこのハード路線で大当たり。勢いに乗って作ったのがここで紹介する第一作『007/慰めの報酬』というわけ。
毎度前置きが長くてすみません。というわけで、「慰めの報酬」は前作「カジノ・ロワイヤル」のエンディング1時間後から始まる続編となっている。話のとっかかりや登場人物の絡みなんかは、前作見ておいたほうがすんなり入れるかもしれない。一応説明しておくと、前作は同名の小説第一作を映画化したもので、ボンドが007のコードネーム、つまり殺しのライセンスを得る前後のエピソード。
これまでの007シリーズは脇に置いて(よくゴジラ映画でやる手だね)、ボンドの若い頃を現代に置き換えた設定で進んでいる。前作の最後でボンドは悪の組織によって大切な人を失い、ガックリ+復讐に燃えているところだ。ジェームズ・ボンドといえば、どんなピンチでも冷静で、不敵な笑いとともにくぐり抜けるイメージだが、今回のボンドは感情に任せて無茶したりする。それがこれまでになかった魅力だそうな。うーん、オイラに言わせると、前作からの連続感といい「24」あたりに影響されてる感じがするなあ。
原題は「Quantum of Solace」。Quantumには「分け前」という意味があって、邦題はほぼ直訳になってる。一方、作中に出てくる悪の組織もQuantumと呼ばれている。この場合の意味は物理を知ってる人ならおなじみの「量子」でしょう。世界中の政府機関、企業にメンバーが入り込んでいて各国の諜報機関も把握できない、まさにつかみ所のない量子状態。ただ全員をまとめる大ボスがいるわけじゃなさそうなので、メンバーがそれぞれ勝手に悪事を働いてる「悪者の互助会」みたいに見えるのがイマイチだ。
今回は、この組織の幹部で中米の資源利権を狙うドミニク・グリーンという男を追いつめていく。そこで話にからんでくるのが今回のボンドガール、カミーユという女性。お色気控えめの素朴なアクション系ヒロインだ。カミーユも組織に恨みを持っていて、ボンドと一緒に組織に立ち向かっていく「同志」みたいな関係で描かれている。というわけで今回あまりお色気シーンは期待できない。お色気担当も他に居るには居るんだけどねえ…。
この件でもわかるように、クレイグ版では007映画のお約束をあえて避けている。おなじみの銃口から覗くショットや「ジェームズ・ボンドのテーマ」を流すのも最低限だし、いつもボンドに秘密兵器を提供するQが出てこない。ボンドもハイテクスパイ道具なしで切り抜けるしかない。そんな中、唯一ハイテクなのが通信機器とMI6本部。とくに本部の情報端末はすごくて、フィンガーアクションだけで世界中のデータベースから情報を瞬時に呼び出し、タッチスクリーンで表示できる。ここだけ『マイノリティ・レポート』のような近未来世界だ。もう1つ先代のピアーズ・ブロスナンの時代から変わらないのが、ボンドの上司M(演ずるはジュディ・デンチ)。今回珍しくMの私生活が少しだけ描かれる。まあお婆ちゃんなのでお色気シーンとはいかないけどね(笑)。
このほか、前作から引き続き出演する人たちもいるのだが、敵も味方も、前の事件での活躍は何だったんだー? と言いたくなる雑魚扱い。仮面ライダーなんかで1回倒された怪人が蘇って出てきたら、戦闘員みたいに瞬殺されるのを思い出した。Mがあきれて「あなたの周りには死体が多すぎる」と嘆く気持ちもわかるよ。ボンド自身も生傷が絶えない格闘の連続で、衣装もドロドロなんだけど、さすがにギリギリのところでオシャレな英国紳士を保っている。同じようなハードアクションでも、明らかにジャック・バウアーや『ダイ・ハード』のマクレーン刑事とは違う。お約束がなくてもこの映画が007たりえるのは、このあたりにエッセンスがあるのかな。
『007/慰めの報酬』は1月24日より丸の内ルーブル他にて全国ロードショー。1月17日、18日先行上映決定。
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