各種シミュレーションモデルを開発

そして、理研の高木氏をリーダーとする臓器全身スケール研究開発チームは、MRIやCTを利用して生身の人間をスキャンして、ほぼ1mm立方の格子の密度測定を行い全身のボクセル(VOXEL)モデルを作成し、この密度データから骨格、内臓、血管などを抽出した。

CTとMRIによる3D人体ボクセルデータ(左から全身、筋骨格系、骨+内臓、血管系、神経系と泌尿器系、呼吸器系と消化器系)

この抽出した血管データから、全身の直径1mm以上の主要な血管を含む血液循環モデルを作成し、このモデルにより、加齢にともない血管壁が硬くなる効果を入れて血流をシミュレートすると、若い人に比べて下流での血圧の減少が少ないという結果が得られ、これは臨床的に観察されている結果と一致するという。

血管壁の硬化を考慮したシミュレーションによる25歳と85歳の血圧波形

また、大阪大学のグループは、横隔膜の運動による呼吸にともなう肺の動き、気道の空気の流れをシミュレートし、肺胞から毛細血管に酸素が取り込まれるという肺のモデルを開発しており、東大のグループは心臓モデルを開発している。

これらの循環系のシミュレーションが可能になると、病変により、全身にどのような影響が及ぶかなどがよりよく理解できるようになり、医療に貢献すると期待される。

また、体にメスを入れることなく、体内のガンなどの患部を攻撃する超音波や放射線治療が用いられ始めているが、超音波の場合、体内の組織の密度で超音波の伝わり方が変わるので、患部に正確にフォーカスすることが難しいという。

これを、人体のボクセルモデルを使って、患部に音源を置いた場合、それが治療用の超音波アレイのそれぞれの位置でどのような位相で受信されるかをシミュレーションで計算し、それを補正するように超音波アレイの位相を調整してやることにより、従来より正確に患部に超音波エネルギーを集中して治療効果を高めることが出来るという。

脳の超音波治療におけるビームエネルギーの収束状況(左が補正なし、右が位相補正を行った場合)

炭素(C12)を用いる重粒子線治療の場合、放射線発生装置はサイクロトロンなどの大掛かりな装置であり向きを変えることが出来ない。従って、MRIを取ったときと同じ仰臥した姿勢で治療できるとは限らず、姿勢が変わると重力で内臓の位置も動いてしまうという問題がある。これに対して、姿勢に応じてボクセルモデルで内臓の変形を計算すれば、正しく患部に向けて重粒子線を向けることができる。また、重粒子線の照射量を決めるにあたり、ボクセルモデルによって細胞に吸収される生物的なドーズ量を計算して照射量を最適化するなど、コストは別とすると、技術的には近い将来に実用化できそうな技術が発表された。