薬剤候補を絞り込み
理研の横田氏をリーダーとする細胞スケール研究開発チームは、肝細胞・肝小葉を主題として研究開発を行っている。細胞全体は、次世代スパコンをもってしても、量子化学計算はもちろん、粗視化を行っても分子スケールで計算するには大きすぎる。このため、細胞内の各種の酵素反応を、入力物質と反応性生物の連鎖としてのネットワークで記述するモデルが用いられる。
上の写真では小さくて見えないが、図の右上のE-cellと呼ぶ肝細胞代謝モデルは、約200の酵素反応と400の代謝物質を含むモデルで、それらの酵素反応は微分方程式で記述されている。
そして、細胞内部での代謝物質の拡散や分子モータなどによる輸送や細胞膜の透過などによる代謝物質の輸送をシミュレートし、次の酵素反応を計算するという処理を繰り返して時間発展を計算する。
細胞全体を32x32x32のグリッドに分割してシミュレートすると、領域の数は3万2,768個で、そのそれぞれについて200の酵素反応の微分方程式を計算し、タイムステップごとにこれを繰り返す。そして、肝小葉には、この肝細胞が約100万個ある。と書けば、肝臓の微小な構成パーツである肝小葉のシミュレーションだけでも膨大な計算が必要となることが理解していただけるであろう。
肝臓シミュレーションに取り組んでいる慶応大学のグループは、このようなシミュレーションから、何故、肝臓がんが肝小葉の一方向にしか転移しないかなどを理解できると考えている。
また、東海大学のグループは、脳梗塞や心筋梗塞の原因となる血栓の形成に関わる血小板の凝集のシミュレーションを行っており、神戸大学のグループは糖尿病に関係するインスリンの分泌を行うすい臓β細胞のシミュレーションを行おうとしている。
これらの細胞レベルの研究開発により、重要な病気の根本的原因の理解が深まり、従来、まったく考えていなかった新しい治療法が開発される可能性もあるし、これらのシミュレーションモデルを用いて治療の効果をシミュレートし、より良い治療法を開発することが可能になると期待される。