2008年12月5日、朝9時。一通のメールが届いた。ホンダ広報からF1レース活動についての緊急記者会見を行うという内容だった。すでに4日夜から海外の報道機関から、ホンダがF1活動を休止するのではないか報じられていた。これより約1か月前の11月3日には、ホンダF1第2期の黄金時期に活躍したアイルトン・セナの甥(おい)であるブルーノ・セナをF1テストに参加させると発表。少なくとも来季に向けたF1活動は、1カ月前までは順調に進んでいるように見えた。

2005年、鈴鹿サーキットで行われたF1日本GPでのホンダのピット。ジェンソン・バトンが予選2位、決勝5位という好成績だった

ホンダF1の第3期は2004年から調子がよくなり、2005年の鈴鹿でも頑張った。2006年には一度だけ優勝も成し遂げている

実はF1撤退の予兆は、4日の新型アコードの発表時からあった。東京のグランドプリンスホテル赤坂・五色の間で、華々しく新型アコードが発表されたが、記者の囲み取材に応じる社長の福井威夫氏の表情はいつになく硬かった。印象的だったのは「いかにこの環境にすばやく対応できるように変化できるか」という言葉だ。世界的に吹き荒れる金融危機による不況に対応するホンダの答えの一つが、F1撤退だったのだ。

ホンダが正式発表したリリースの一部を抜粋して紹介する。

「サブプライム問題に端を発した金融危機と、それらに伴う信用危機、各国に広がった実体経済の急速な後退により、Hondaを取り巻くビジネス環境は急速に悪化してきています。 当面の世界経済は不透明さを増すばかりであり、回復にはしばらく時間がかかることが予想されます。 Hondaはこの急激かつ大幅な市場環境の悪化に対し、迅速かつフレキシブルに対応をしてきましたが、将来への投資も含め、さらに経営資源の効率的な再配分が必要との認識から、F1活動からの撤退を決定いたしました。今後のHonda Racing F1 Team、英国でエンジンの供給を行ってきたHonda Racing Development Ltd.については、チーム売却の可能性も含め従業員と協議にはいります」

モータースポーツを愛し、レース活動そのものがホンダスピリッツであるホンダでさえ、この危機を乗り越えるのにF1撤退は仕方ない選択だったのだろう。

なにしろF1トータルの運営資金は、年間500億円とも600億円ともいわれる。ホンダは2000年から第3期のF1活動を開始した。当初は英国のレーシングチームB・A・Rと共同開発という形だったが、2006年にホンダがチームを買収し、ホンダがF1マシンだけでなく運営などすべてを行う形に移行した。巨額な運営資金が必要なのは部外者にもわかる。北米事業で莫大な収益を上げ、欧州市場でも堅調な販売が続いているうちはよかった。とくにF1は欧州の文化。ここでブランド価値を高めるための手段としては有効なはずだった。

だが収益源の北米事業がうまくいかなくなり、瞬く間に全世界でクルマの売れ行きが落ち込んでいる現在、経営者として迅速な判断が求められていたはずだ。それがアコードの発表会での「すばやい変化」に表れているのだと思う。それにF1主催者から将来エンジンを統一するという話題が出ていたのも、撤退を後押しさせた可能性がある。ホンダの命はエンジン。エンジンのホンダとさえいわれるメーカーが、自社製のエンジンでなければレースを行う理由はない。興行としてのF1から、一時的に距離を置くのに好機と考えたとも思える。F1を開催する関係団体との関係を悪化させて撤退するより、経済的な問題を理由にしたほうが将来の復帰が楽になるからだ。

気になるのは今後の予定だ。2009年のF1日本GPは、ホンダの子会社であるモビリティランドの鈴鹿サーキット(三重県)で2009年10月2日(金)から4日(日)決勝のスケジュールが決まっている。09年ホンダはF1に参戦しないが、鈴鹿での日本GPの開催は予定どおりだという。すでに鈴鹿サーキットの改修も行っている。グランドスタンドからパドックなどを新設する大規模な改修で、09年春に竣工する予定だ。それにF1開催の契約残っているため、すぐには変更できない。また、ホンダのDNAである二輪レースの最高峰モトGPやホンダ1社がエンジン供給しているアメリカのインディも予定どおり09年は参戦するという。

ホンダF1撤退のニュースリリースの最後には、

「これまで、ご声援をくださった多くのファンの皆様、そして活動を支えてくださったF1界の皆様に対し、心よりお礼申し上げます。 ありがとうございました。

本田技研工業株式会社 代表取締役社長 福井 威夫」

と書かれていた。ホンダが第4期F1活動を再開する日を待ちたい。

2006年のF1日本GPは、鈴鹿サーキット最後の開催でもあった。2009年はようやく鈴鹿にF1が戻ってくるのにホンダの姿はない…

トヨタは今のところ2009年もF1活動を継続する予定だ。パナソニック・トヨタ・レーシングは、2009年の新車TF109とその新しいカラーリングを2009年1月15日(木)に初公開することをアナウンスしている