アメリカン・リアリズムの代表作家として知られるアンドリュー・ワイエス。日本にもファンが多く、過去にも展覧会が多数開催されているが、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「アンドリュー・ワイエス ―創造への道程」は、ワシントン・ナショナルギャラリー、フィラデルフィア美術館をはじめとするアメリカの主要美術館のほか、ワイエス夫妻のコレクションから未公開の水彩・素描も出品される。アンドリュー・ワイエスの制作過程に焦点をあて、画家の内面に迫る構成となっている。会期は12月23日まで。
アメリカの原風景
ペンシルヴェニア州ののどかな田舎町で生まれたアンドリュー・ワイエス(1917-)は、幼少のころからスケッチブック片手にひとりで歩き、生涯にわたって田園風景を描き続けている。冬の荒野や農場、水車小屋や粉挽き小屋などを描いた作品は、突き刺すように冷たい空気を鑑賞者の肌にも感じさせる。
アンドリュー・ワイエスは、自分の作品を語るとき、"click"(カチッという、ひらめく)という言葉を使っており、「何かが心を"click"したとき」、作品が生まれるのだという。それは、あるときは鉄の柵に絡まった草であったり、あるときはハンターに仕留められた鹿の姿であったり、特別に珍しいものではない。自然と同化するように散策することを好んだアンドリュー・ワイエスの視点がとらえた一瞬の光景が、画家自身の世界観に溶け合い、何度も習作が繰り返されるうちに、多くのものがそぎ落とされ、描きたいものだけが残されていく。今回の展覧会では習作作品が多数展示されているため、制作過程における変化を垣間見ることができる。
アンドリュー・ワイエスは、10歳から毎年夏を過ごしていたメイン州でも多くの作品を残しており、90歳を超えた現在も夏をメイン州近くの島に滞在している。本展覧会は3部構成になっており、肖像画、メイン州での作品、ペンシルヴェニア州での作品をパートに分けて展示している。「すべてのものがものすごい速さで衰退していく」というメイン州、画家としての人生を育んだペンシルヴェニア州という2つの土地の対比からワイエスの世界に浸ることができる。
アンドリュー・ワイエス 《ガニング・ロックス 習作》 1966年 鉛筆、紙 個人蔵 (c) Andrew Wyeth |
アンドリュー・ワイエス 《ガニング・ロックス》 1966年 ドライブラッシュ・水彩、紙 福島県立美術館蔵 (c) Andrew Wyeth |
父親との葛藤と肖像画
風景画家として知られるアンドリュー・ワイエスはこれまでに自画像を2点しか描いていないが、今回の展覧会では、その2点が出品されている。その自画像には父親への反発や自己主張が込められているといわれており、父親の死後は自画像を描いていない。父親のN.C.ワイエスは挿絵画家として活躍していた人物で、アンドリューは期待にこたえて画家としての才覚を表し、画家として成功の道を駆け上がったが、そこには常に父親への葛藤があったといわれている。しかし、父親はアンドリューが28歳のとき事故で急死。父の死後は、「人生を戯画化するのではなく正面から取り組むようになった」と後に語っている。
アンドリュー・ワイエスは、自分の家の近くに住む人々の肖像画を多数描いているが、若い頃に描いた肖像画と、父親の死後、中年から晩年に描かれた肖像画は雰囲気を異にしている。鋭い眼光や皺だらけの肌を描いた肖像画の数々は、死を予感させる孤独感や寂寥感を感じさせるものも多く、モデルとなった人々の厳しい人生を語るかのような強い力に満ちている。
テンペラと水彩
水彩画家として出発したアンドリュー・ワイエスは、ドライブラッシュと呼ばれる技法を使って多くの作品を残している。ドライブラッシュは筆に最小限の量の絵の具をつけて何度も繰り返し色を重ねるもので、重厚感があり、細部まで表現することができる。「感じたものをすばやく描くことができる」と好んだ水彩と「対象に気持ちが深く浸透しているとき」に使うドライブラッシュの対比も興味深い。
また、油絵を好まなかったアンドリュー・ワイエスは、21歳の時から顔料と卵黄を混ぜ合わせて描くテンペラ技法を学び、以後テンペラ作品を多く制作している。使うたびに調合しなければいけないテンペラは非常に手間がかかり、途中で描き直すことができないため、多くの習作を必要とする。今回は、テンペラ作品と一緒に、鉛筆や水彩で描かれた習作が展示されているため、双方を見比べながら鑑賞することができる。本展覧会では水彩・素描を中心に、テンペラ約10点、総点数150点が展示されている。
■アンドリュー・ワイエス ―創造への道程 | |
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会期 | 2008年11月8日(土)-12月23日(火・祝) 開催期間中無休 |
開館時間 | 10:00-19:00 金・土曜日21:00まで(入館は各閉館の30分前まで) |
会場 | Bunkamura ザ・ミュージアム |
アクセス | JRほか渋谷駅から徒歩7分 |
主催 | Bunkamura、東京新聞 |
後援 | 在日米国大使館 |
協賛 | 損害保険ジャパン、大日本印刷 |
特別協力 | アンドリュー・ワイエス夫妻、丸沼芸術の森 |
協力 | 全日本空輸 |