WOWOWでは、全米で大人気の海外ドラマ『グレイズ・アナトミー』シリーズの最新第4シーズンの放送が10月25日からスタートする。同シリーズは、シアトルの病院で働く若きドクターたちの仕事と恋が描かれ、全米ABCネットワークで現在も大ヒット中のドラマ。さらに、第4シーズンからは字幕版も追加され、今後も視聴者のニーズに幅広く対応していくという。そこでちょっと気になるのが、吹き替え版を制作している現場の人たちの姿だ。

今回は、同作品の吹き替え版の翻訳を担当する、翻訳家・木村純子氏にクローズアップし、翻訳家視点の同作の魅力、吹き替え版制作の難しさ、そして翻訳家の仕事やプライベートの一面などを語ってもらった。

『グレイズ・アナトミー4』

――まず、「グレイズ~」はどんなドラマなのか

「『ER緊急救命室』に恋愛テイストを加えた感じというか。『セックス・アンド・ザ・シティ』ほど過激さはないですが。男女関係はオープンですが、根本的には、みんな相手に対して誠実だと思います」

――"ER+恋愛"という打ち出しのドラマと最初に出会ったときの印象をこう話す。

「ぱっとみて、『これ、大好き!と思ったんですね。好きな路線の作品だと思いました。が、翻訳者としては『これは難しいぞ』と(笑)。ERみたいな医学用語満載の部分と、『SATC』のようなノリのいい恋愛模様もあり、スラングが使われていたりする。これはかなり難しいなと」

――翻訳家として悩むところも多かったという。

「テクニカルな医学的部分で何時間も悩んだりもすれば、すごく簡単な英語なのに延々としゃべっていたりして、そのうえあいまいだったりする。『これ何を言いたいんだろう…?』と。感情的な部分の"何を言いたいのか"を的確につかんで、しかもちゃんと流れのいい日本語にするところで悩んだりもしますね」

――吹き替え版を担当する翻訳家は、ただ直訳するだけではなく、翻訳以前の作業に多くのエネルギーを注ぎ込んでいる。

「クオリティーの高い脚本や演出の意図をいかに日本語版として出せるかにかかってくる。もともとあるドラマのクオリティーの高さに合わせた、日本語吹き替え版台本を作れているかどうか…。かなりプレッシャーですね。それに、脚本家がその言葉を選んだ意図が必ずあるわけで、そこを的確に見逃さないようにつかんで、つかんだだけではなく、それをさらにどういう日本語が適しているか、という部分で常に苦しんでいます」

――リップシンクという言葉があるという。その一連の作業はその道のプロにしかできない技術だ。

「リップシンクとは、オリジナルと吹き替えの日本語の口を合わせる作業で、しゃべる長さなどを合わせることです。リップシンクと言いますが、口が開いてから閉じるまで、オリジナルの言っていることを、その口の動きにもあわせて的確に言わせなければなりません。例えば『I love you』って『う』で終わりますよね。『愛してる』で終わればぴったり合うけど、『愛してるわ』となると口の形が合わない。そうしたことを考えていくと、パーフェクトにできることはありえるのかと思えちゃいますね。100%は無理でも、何とか近づけるよう、努力はしています」

全米ではエミー賞やゴールデン・グローブ賞などの賞を獲得している

――さらに我々には解決不可能ともいえるこんな難しさも。

「(オリジナルの役者が)サラッとしゃべってくれればいいんですが、ワンワードごと区切る役者さんもいるんです。例えば「ザ、ハード、ウェイ」とか話されると、ハードに合う言葉って何? とか。パズルをやっている気分になる。ミランダ・ベイリーはパクパク口をよく動かすタイプなんですよ。黒人の俳優さんってパクパクする人が多い。独特のリズム感でしゃべったりして…」

――海外ドラマは、日本の四半期スパンと違い、数十話にも及ぶロング放映となることが多く、翻訳家は厳しいハードルを幾多も乗り越えてやっと最終話を迎えることになる。

「私はほとんど満足感を感じたことはないです。ないからやってるところもある。いつも100%満足することがない。いつも迷って苦しんでこれでいいんだろうかと思ってやっている。見方を変えるとそれだからこそ面白い。正解がないから面白いんでしょうかね」

――このインタビューの前日に、第4シーズンすべての台本原稿を脱稿したという木村氏。第4シーズンの印象的なシーンを語ってもらった。

「8話で、ベイリーが高校時代に一方的に好きだった人が出てくるシーンで、すごく意外なベイリーの一面が出るんです。ベイリーの『えっ』という顔が見どころですね。かわいいですよ。第4シーズンは、これまで描かれていなかったことが明らかになってきて、家族のこと、結婚と仕事との両立など、それぞれに見ている人が共感できるシーンが多いと思いますね」

医療モノだが、登場人物の恋愛模様が描かれているのも同作の見どころの一つ

――では翻訳家・木村純子氏そのものに、もう少し近づいてみよう。木村氏は、大学卒業後、一般企業、日本語版制作会社を経て独立し、翻訳家としての道を歩むことになるのだが、独立した直後の仕事についてこう振り返る。

「最初のころは楽しくてしょうがないという感じでした。多分何もわかってなかったからでしょうね。2年ぐらい経ったあとはずっと苦しさが右肩上がりというか(笑)。理想とするものが高くなってきたからだと思うんですね。やっぱりやればやるだけすごく奥が深い仕事なので、こんなに難しいものとは思っていなかった」

――最初は海外映画の字幕の仕事をしたかったという木村氏。ちょっとしたきっかけで、吹き替え版の仕事の楽しみを味わったという。

「翻訳学校に半年だけ通っていました。字幕の翻訳学校でした。字幕志望だったんです。どのタイミングだったんでしょう? 制作会社勤務時代、吹き替えの仕事にたまたま関わってみたら『面白い!』と。すっごく楽しかったんですね。何かから解放された感じでした。呪縛から解き放たれたというか……」

――今、休む間もなく、殺到するオファーにひとつひとつ応えていく木村氏だが、作業中の木村氏というのはどんなイメージなのか。

「吹き替え版の台本づくりは、台詞を声に出して映像と合わせていく作業となります。ときには男言葉でしゃべってたりしますから、第三者から見るとかなり危ない仕事ですね。部屋には、モニター、パソコン、英語の台本があって、ヘッドフォンしてブツブツしゃべっているわけです。異様です。とっても不気味でしょ。事情の知らない人にはお見せできないすがたです。華やかな世界とはかけはなれています。しかも夢にまで出てきます。台詞について夢の中ですごく悩んでいるんです。寝る前まで悩んでいたことが夢に出てきて、何か思いついているんですけど、朝になったら思い出せないんです。嫌ですよね(笑)」

そんな木村氏たちが鋭意制作に努めた『グレイズ・アナトミー4』。そのみどころは、インターンだった主人公たちがレジデントになり、ますます複雑に交錯する人間模様が繰り広げられる展開だ。そして、シーズン4から登場する新キャラがどう物語を動かしていくかにも期待したい。さらに、「グレイズ~」のスピンオフドラマ「プライベート・プラクティス 迷えるオトナたち」の放送も決定。アディソンがシアトルを離れ、ロスアンゼルスで旧友と開業医として活躍する。米国では07年のドラマ新作の中で圧倒的な人気を誇った当シリーズがいよいよ2009年、WOWOWに登場する。また、『グレイズ~』出演者たちが続々と映画にも進出するなど(「魔法にかけられて」(2007年)、「近距離恋愛」(2008年)。「幸せになるための27のドレス」(2008年)。「ブラインドネス」(11月公開)、回を重ねるごとにますます話題が豊富に。

今後も『グレイズ~』から目が離せない。美しくドキドキさせられる映像とともに、木村氏渾身の日本語版の台詞にいつも以上に注目したい

『グレイズ・アナトミー4』は、WOWOWで10月25日(二ヵ国語版は毎週土曜24:00~、字幕版は翌週金曜23:00~)からスタートする。

(C) ABC Studios