更年期と加齢のヘルスケア研究会が主催するプレス向けセミナー「更年期女性とコレステロール値を考える」が2日、開催された。

同セミナーでは、2008年4月に始まった「特定健康診査(通称:メタボ健診)」で関心が高まるメタボリックシンドロームについて、コレステロール値の視点から専門家による解説が行われ、メタボ健診の適性をめぐる意見交換が行われた。

特定健診は、40~74歳を対象に企業の健康保険組合や市町村などの保険者に実施が義務づけられた制度。健保組合に加入している場合、被保険者だけでなく、その被扶養者も対象となる。糖尿病などの生活習慣病を予防し、医療費の削減につなげるのが狙いで、厚生労働省は2013年度には医療費を約2兆円削減できると試算している。

東海大学医学部基礎医学系教授の大櫛陽一氏

しかし、これに異論を唱えるのが、本セミナーで「特定健診で医療費が削減できるのか?」と題して講演を行った、東海大学医学部基礎医学系教授の大櫛陽一氏だ。特定健診では、腹囲のほか、血圧、空腹時血糖、血中脂質のうち2項目以上で異常があった場合に"メタボリック症候群"と診断される。全国70万人の健診結果に基づいた、大櫛氏による医療費のシュミレーションによると、受診勧奨率は男性58%、女性49%に及ぶという。また、この勧奨率をもとに算出した医療費は4兆~4兆7,000億円と見積もられる。この数字は厚生労働省の試算をはるかに上回り、削減どころか増額になる結果だ。さらに、検査項目別に受診勧奨率を見た場合、他の項目に比べて圧倒的に基準値より高い数値を示しやすいのが血圧とLDLコレステロール(悪玉コレステロール)だという。これに対して「基準値の設定が低すぎるのではないか」と大櫛氏は指摘する。

特定健診で、指導の対象となる血圧の基準は、上が130mmHg以上、下が85mmHg以上だ。これに対して大櫛氏が示した、日本人の男女別・年代別の血圧レベルと総死亡率のグラフでは、高血圧でリスクが高まるのは160/100mmHg以上だ。大櫛氏は、「年齢とともに血圧が上がるのは生理現象で、特別に異常だというではない。70代からは低血圧もリスクとなる」という。さらに、血圧と脳卒中の発症率に関するある調査では、治療を受けていない高血圧患者よりも、治療中の高血圧患者のほうが脳卒中の発症率が高いというデータも紹介された。

一方、俗称"悪玉コレステロール"と呼ばれるLDLコレステロール(LDL-C)の判定基準は140mg/dl以上だ。しかし、大櫛氏が分析したデータでは、中高年のLDL-C値は190mg/dlまでが正常範囲で、この数値は欧米の基準とも一致する。またLDL-C値が低すぎるのもよくないという。

こうした検証結果から、大櫛氏は特定健診における現在の判定基準が" 肥満"という観点で設定されたものであり、厳しく設定されているのではと批判する。また、こうした問題点が、疾患の初期症状の見逃しによるさらなる医療費の増加をもたらすと指摘した。

千葉県衛生研究所所長 天野恵子氏

また、「特定健診・保健指導に疑義を呈する。女性に本当に必要な健診は?」と題して講演を行った、千葉県衛生研究所所長で日本性差医学・医療学会理事の天野恵子氏も、特定健診の判定基準に疑問の声を挙げる専門家のひとりだ。天野氏は特に、男女の様々な差異により発生する疾患や病態の差異を念頭において行う"性差医療"の観点から、特定健診の判定基準の問題点を掲げた。

天野氏によると、総コレステロール、中性脂肪、LDL-C値が40代をピークに低下する男性に対して、女性の場合は閉経を境に上昇し、男性を凌駕し、以後高値が続くなど、生涯の血清脂質の変化にも大きな性差があるという。2006年に発表された、約1万人の日本人男女を対象に行われた循環器疾患の基礎調査「NIPPON DATA 80」においても、男女で総コレステロールによるリスクが異なることが実証されたという。この調査では、総コレステロール値を6段階にわけ、死亡原因と冠危険因子(総コレステロール、喫煙、年齢、糖尿病、血圧)との相関性を調べ、その結果、脳卒中では、男女ともに血圧、総コレステロールの低下が死亡リスク上昇の一因となっていることが示されたという。一方、冠動脈疾患では、男性の場合、血圧、総コレステロールの増加が死亡リスクを上昇させていたが、女性の場合は血圧、総コレステロールと死亡リスクとの間に相関性は認められなかったと続ける。天野氏はそのような性差から特定健診について「特定健診は、活動を全国に展開したことと、基準を集約したことは評価できる」としながらも「年齢・性差、治療によりどの程度改善されるのか、日本人のデータに基づくものでなければならない。しかし、性別や40~74歳までの年齢をひとくくりにした現在の判定基準は少々乱暴すぎる」と述べ、その判定基準と実効性を疑問視した。

将来の医療費削減策として義務化されることとなった特定健診。その結果、国民の間にはメタボリック症候群への関心が一気に広がったものの、今回のセミナーでも指摘されるとおり、専門家からはその非科学的な判定基準や不適切さを疑問視する声も多く聞かれる。さらに、それがかえって医療費の高騰をもたらすだけでなく、死亡リスクをも高めているというデータに対して、国や医療業界が今後、どのような議論と判定基準の裏づけを行っていくのか。注目は高まっている。