表参道ヒルズのオープニング、電通本社ビルのパブリックアート、Blurのアルバムジャケット……。単純化された点と線で人物を、それぞれ映像、電光掲示板、ドローイングで表現した作品だ。これらの作者であるジュリアン・オピーの個展、『ジュリアン・オピー』が水戸芸術館現代美術ギャラリーにおいて7月19日(土)より開催されている。同展は69点もの作品を一挙に公開する、アジアではじめての大規模な個展となる。会期は10月5日まで。なお、本展は日英の外交関係150周年を記念して開催される「UK-Japan 2008」の公認イベントだ。
英国を代表する現代美術作家であるジュリアン・オピーは、記号的な表現を用い、単純化したシンプルな点と線で描く手法により、描く対象の特徴や肉体の動きを的確に捉えて再現するポートレートでよく知られている。オピーは1980年代の活動初期から、絵画と立体、アートとデザイン、商品とアート、日常と美の関係といった、現代美術が抱える問題に対して実験的な表現を試みてきており、ポートレートの他にも、人物や風景、動物といったモチーフを、シルクスクリーンやコンピュータグラフィックスによるアニメーション、都市の中で見られる電光掲示板やサインアートを使った立体作品など、さまざまなユニークな技法によって表現してきている。本展では2000年以降の作品を中心に集められた。
まず、水戸芸術館に到着すると普段なら展覧会を知らせる大きなディスプレイが出ているのだが、それにあたるものはなく、前庭には5体の動物をキャラクター化した立体作品「5体のいろいろな動物」と電光掲示板の中で動く女性を表現した「スカートとトップスで歩くスザンヌ」があり、出迎えてくれる。さらに展覧会会場に入るアプローチの壁には巨大な男性のヌード作品「横たわる男性のヌード」があり、立て続けにパブリックアート作品を目にする事ができる。そして、会場のエントランスの壁には「歩く人々」が描かれ、会場に誘う。すんなりオピーの世界に入り込んでしまえる、ストーリーを感じさせる演出だ。
Gallery 1には、実在の人物のポートレート作品が展示されている。本展のメインビジュアルにも使われている「シャノーザ、ポールダンサー」やオピー本人のポートレート「腕を組むジュリアン」もここに展示されている。Gallery 2には家族をテーマとした作品が集められている。いずれの人物も単純化された線で描かれ、彼らの目は一様に点で描かれている。それはどこか誰もが知っているキャラクターの描き方を思い起こさせる。
(写真左)「腕を組むジュリアン 1」(Julian with arms crosed. 1. / 2005) (写真上)「リュックとルディヴィーンの結婚 15」(Luc and Ludivine get married. 15. / 2007) |
中盤のGallery 3、4、5には、さらにプロのポールダンサーのシャノーザをフィーチャし、ドローイング、彫像、アニメーション、電光掲示版、ライトボックス、と実にさまざまな技法で展開している。「石でできたシャノーザ」などの彫像作品はシャノーザの身体の線にあわせて直線的に切り取った石にシャノーザの姿をレリーフのように彫り込んでいる。また、ステレオ写真のように見る位置によってポーズが変わる「白いドレスで踊るシャノーザ」や、ライトボックスのような巨大な「泳ぐクリスティーヌ」、そして会場のセンターにはおなじみの電光掲示板の中でシャノーザが踊る「下着で踊るシャノーザ」がある。ヌードの作品には、シャノーザの他にクリスティーヌやサラといった人物もいる。単純化されたこれらの人物は一見してどれが誰かはわからないが、見慣れると非常に微妙だが身体的特徴に違いがある事がわかる。
「タータンチェックのミニスカートで踊るシャノーザ、左」(Shahnoza dancing in tartan mini. left. / 2007、太田正樹氏蔵 / Collection of Masaki Ota) |
「下着で踊るシャノーザ」(Shahnoza dancing in bra and pants. / 2007) |
「泳ぐクリスティーヌ 4」(Christine swimming. 4. / 2007) |
左より「これがシャノーザ 35」(This is Shahnoza 35. / 2007)、「これがシャノーザ 34」(This is Shahnoza 34. / 2007)、「これがシャノーザ 33」(This is Shahnoza 33. / 2007) |
興味深いのは、歌麿や歌川広重といった日本の浮世絵版画のコレクターでもあり、大の日本びいきというオピーが、浮世絵の構図や色彩感覚に着想し、独自の表現へと昇華させた風景作品を多数、展観できる事だろう。Gallery 7、8にはこうしたコンピューターグラフィックスやLEDといった最新の表現ツールを使って制作した風景作品が並び、液晶ディスプレイを使ってさながら壁掛けの絵画のように展示している。これもまたオピーならではと言えるだろう。特に日本人にとってうれしいのは、富士山やアルプスといった日本各地の美しい風景をおさめた「日本八景」のシリーズだろう。いずれもオピー独特の線と塗りで描かれているが、風に揺れる花や木々、揺らめく湖面など、いままでの風景画とは描く手法も技法も異なる、まさにデジタルの時代の風景画と言えるだろう。
こうした作品がいずれ、美術作品をひとりが一点だけを所有するのではなく、どのうちにでもある液晶ディスプレイに配信され、一度に多くの人が美術作品を楽しめる時代になるのだ、という妄想をひき立ててくれる。
ジュリアン・オピーは1958年にロンドンで生まれ、1982年にロンドン大学ゴールドスミス校を卒業した。卒業後わずか3年間に、ヨーロッパのおもな美術館やギャラリーの展覧会に参加し、高い評価を得た。コンセプチュアリズム、ポップ、ミニマリズムといった美術概念や様式を吸収しつつも、鮮やかに自らのスタイルを生み出してきた。オピーの作品は、ロンドンのテート・モダン、ニューヨークMOMA、日本の東京国立近代美術館など、世界中の主要な美術館に所蔵されている。
オピーは、2000年にイギリスの音楽グループBlur のアルバム「The Best of」のジャケットデザインを手がけて注目を集めた。また、2006年に東京・表参道にオープンした表参道ヒルズのファサードに設置されたディスプレイを飾るなど、アートとデザインの境界を自由に行き来するかのようなフットワークの軽さもオピーが広く注目される要因と言えるだろう。