モバイル学会のシンポジウム「モバイル08」の公開講演に、6月末にNTTドコモを退社した夏野剛氏が登壇し、「ケータイの未来 -まだ進化するIT革命-」と題した講演を行った。ドコモから離れたばかりの夏野氏は、今回、慶応大学大学院の政策・メディア研究科教授の肩書きで講演。夏野氏はSF映画を紹介しながら、「IT革命が起こったことで、(SF映画にあるような)未来が現実になるスピードが速くなった」と話した。

夏野氏

夏野氏は、1997年からドコモに勤務。その後10年強にわたって「良くあんなに好きかってできた」と振り返る。夏野氏はiモードを育て、Javaによるiアプリ、おサイフケータイ、キッズケータイなどのサービスを立ち上げてきたが、「自分はあまりクリエイティブな人間ではない」と明かす。

こうした新サービスを考案するに当たって夏野氏は、「自分が今困っていること、ケータイでこういうことができたら便利なのに、こういう機能があったらという素朴な疑問を解決するようにやってきた」という。例えばおサイフケータイは「小銭が嫌いなので」(夏野氏)、キッズケータイは「ウチに子供が生まれたから」(同)なのだそうだ。

そしてその発想のヒントになったのがSF小説や映画という。夏野氏は少年時代、「(シャープの)MZ-700を中学2年生で買った」(同)ほか、「SFオタクだった。特に(故)アーサー・C・クラークが一番好き」(同)だったそうだ。

夏野氏はクラーク著「2001年宇宙の旅」のような「物理学の法則になるべく忠実に未来を予測する」(同)ハードSFが好きなようで、講演ではこうしたSFで描かれた未来を紹介し、現実がそれに近づいていることを熱く語る。

例えば映画「シックス・デイ」に出てきた「洗面台型エージェント」では、鏡にニュースとその日の予定を表示。同映画の在庫管理できるIT冷蔵庫や「マイノリティ・レポート」ホログラムによる立体映像を表示するバーチャルディスプレイなどを紹介。

特に夏野氏はバーチャルディスプレイに「すごく関心がある」という。現在、3型の液晶をケータイに搭載すると、ケータイ自体の大きさもある程度決まってしまう。3型の表示エリアを確保しようとすると、3型の液晶を積むしかないからだが、「物理的な大きさと見ている大きさがまったく同じスクリーンは、いってしまえば20世紀型」と夏野氏。

空間に映像を投射するバーチャルディスプレイであれば、ケータイのサイズ自体は小さくても、大きな画面を利用できるようになる。実際に、すでにプラズマ発光による3D描画装置や、プロジェクター上空の空気を調節してスクリーンなしで画像を表示する技術、ウェアラブルディスプレイといったデバイスが開発されており、「遠くない未来に空間上に二次元のディスプレイを表示するのはあり得る」(同)。

現在研究開発されているバーチャルディスプレイ。ウェアラブルディスプレイも「これはこれであり」(夏野氏)

これができるようになると「人間の生活は一変する」と夏野氏はいう。ケータイの画面は最大でも3~4インチ程度で、このサイズでは「僕がいうのもなんだが、映画を見る人はいない」(同)。ただ、これで14インチ以上の画面を投射できるようになれば「(映画を見るのが)現実味を帯びる」(同)ことになり、携帯の形状とサイズは液晶サイズの問題から脱却して「圧倒的にフリーになる。ケータイ業界が大きく変わる」と熱弁をふるう夏野氏。

このバーチャルディスプレイに関しては、映画「スター・ウォーズ」の3Dホログラムの伝言メッセージを「ナンセンス」と一刀両断しつつ、映画「アイランド」のケータイ内蔵プロジェクターは「一番ありそう」と評価。ケータイ内蔵プロジェクターに関してはいかに小型化するかという問題はあるものの、今後の技術革新で実現可能だと話す。

また、映画「ファイナルファンタジー」に登場した腕時計のようなツールでは、「仮想8インチぐらいのディスプレイ」(同)が時計付近に表示され、簡単な指の動きで操作できる仕組みだったが、このツールについては「卓越した未来予測。坂口(博信監督)さんはすごい。自分の予測に近い」と賞賛する。

この流れで夏野氏は、台湾BenQらのコンセプトモデル「Black Box」を紹介。これは端末前面がすべてタッチパネルで電話・電卓・ラジオなどの機能に応じてインタフェースが変化するというものだが、ディスプレイサイズが端末サイズに依存しなければ、小さな黒い箱を持っているだけで「テレビもPCもすべて網羅できる」と夏野氏は主張する。

Black Box

ほかにもセキュリティや音声認識、ショッピングなど、SF映画から未来的な技術を紹介しつつ、ケータイの未来を予測するキーワードとしてAI(人工知能)・I/O(入出力)・BIO(生体認証)・Battery(電源)、そして「For Ordinary People」を挙げる。「生活ケータイの次はAIケータイ」という夏野氏。「(2001年宇宙の旅に登場するコンピュータ)HAL(9000)という高い次元までは行かなくてもいいが、ちょっとしたレコメンデーションを人の代わりにやってくれる」ような機能をAIと呼び、未来のケータイの1つの方向性と夏野氏はいう。

夏野氏がよく使うケータイの歴史のスライド。ケータイがITインフラになり、常にケータイを持ち歩くようになってから「西暦が始まってから2,000年の歴史の中でわずか15年」(夏野氏)であり、世の中の進化は速いので「(未来のケータイが)15年後に実現してもおかしくない」(同)

夏野氏が上げたケータイの未来を予測するキーワード

その上で夏野氏は、iモードでもサービスを提供してゴールではなく、世の中に広まって社会的効果が初めて出ると指摘。そして「普通の人に使ってもらうという視点を忘れると(技術的、制度的などの課題が見えなくなる」と強調する。

最後に夏野氏は、「すべては普通の人のために。普通の人が使える未来を実現できればと思っている」と話した。