近年の投資活動とIT

企業乗っ取り屋として知られる同氏だが、その本質は企業改革にある。優良資産の売却、事業の選択と集中、経営体質の改善など、株主に対する価値を最大化する方策を次々と実行する。そのビジネスプランが実際に正しいものかどうかはわからないが、経営改善に失敗する企業がある一方で、同氏の経営参画後におよそ10倍近く企業価値が高まった例もあると言われ、"経営者としての務め"を実践する有言実行の人物でもある。

さまざまな業界を渡り歩いてきた同氏だが、最近はIT企業の買収・合併、あるいは事業のスピンオフで「Carl Icahn」の名前が登場するケースが増えてきた。理由はいろいろ考えられるが、2000年のITバブル崩壊を経て時価総額経営や高成長達成で勝ち組が出る一方で、いまだに市場での迷走や株価低迷から抜け出せない企業もあり、同氏が活動しやすい素地が出来つつあることが挙げられるだろう。こうした低迷企業は株価や市場シェアが低迷する一方で、強力な優良資産を抱え込んでいるケースがある。ここにIcahn氏が付け入る隙が出来るわけだ。

近年のIT企業での例を挙げてみよう。2008年1月、データベース/アプリケーション企業の米Oracleはミドルウェア製品を手がける米BEA Systemsの買収を成功させている。2007年10月ごろからBEAへの1株あたり17ドルでの買収提案を行っていたOracleだが、BEA側では「Oracleの提案はBEAの本来の価値を損なうもの」として1株あたり21ドルでの買収を要求していた。このOracleの買収提案以前よりIcahn氏はBEA株を保有しており、業務改善のために他社への本体売却を経営陣に打診していたが、Oracleの提案はまさにIcahn氏の意向を汲むものだった。その後、買収提案の期限切れとともにOracleは買収そのものを撤回、BEAはIcahn氏への説明責任を負う結果となった。どこかで聞いたことのある話だが、Icahn氏の典型的な活動例の1つといえるだろう。

2つめの例がMotorolaだ。Icahn氏はMotorola株を買い集め、携帯電話の市場シェアで低迷する同社に経営改善とともに同氏の推薦する人物の取締役への就任を迫った。経営陣側では抵抗するものの、CEOのEd Zander氏は経営改善を達成できなかった責任をとる形で辞任(同社ではIcahn氏の影響を否定している)、最終的に同氏の要求する携帯事業の分割と役員席4つの確保を約束した。携帯事業の分割は「携帯事業のみで独り立ちできないのが市場シェア低迷の原因」というIcahn氏の考えを反映したものとなる。

3つめの例がTime Warnerだ。Time Warnerは出版(Time)、TV(CNN、HBO、TNT、Cartoon Networkなど)、映画(Warner Bros.)、ケーブルTV(Time Warner Cable)、インターネット(AOL)などのメディア事業を傘下に抱える一大メディア・コングロマリットだが、Icahn氏は同社の株式取得とともにまず自社株買いによる株価引き上げや配当を要求した。次に経営改善策として肥大化する各事業の分離を提案、各部門における経営効率化を要求した。こうした数々の提案に際して、同氏は委任状争奪戦を仕掛けており、最終的にTime Warner Cable売却など一部要求を達成させた形だ。