分散管理から連結経営へのパラダイムシフト

アビーム コンサルティング 永井孝一郎氏

次にアビーム コンサルティングの永井孝一郎氏から、桜本氏の挙げた課題をふまえて、それらに対応するソリューション、とくに運用コスト面から見た考察が紹介された。

永井氏は「内部統制運用コストには、監査法人の対応時間に依存する外部監査コスト、評価要員など現場にかかる内部統制評価コスト、そしてそれ以外のコストが挙げられる。初年度は構築・評価作業が重なるため、コスト負担が増えるという認識をもっている企業は多いが、実は2004年からSOX法が施行された米国の事例を見ると、2年目はわずか16%減、法制度の安定期と言われる3年目でも36%減に留まっている。この数字から、内部統制コスト負担はそれほど大きく軽減されないと思ったほうがいい」と指摘する。

だが、米国のコストにおける事例でもうひとつ明らかになった点がある。

業務を集中管理している企業のSOX対応平均コストは170万ドルだが、分散管理している企業の平均コストは400万ドル(2.35倍)に上る

つまり、現場に決裁権をもたせる「分散管理」型の企業よりも、業務の共通化と集中化(シェアード化)を進めている「連結経営」型も企業のほうが、対応コストの負担が軽いとことが実証されているという。永井氏によれば、これはSOX法対応に限った話ではなく、企業全体の運営コストにも同じことがあてはまるという。「ここから導き出される結論は、企業グループ全体で業務のシェアード化を進め、グループ間のつながりをより密にした"連結経営"にシフトすることが、コスト削減と内部統制レベルの向上を実現する決め手となる」(永井氏)

企業価値向上には"攻め"と"守り"のバランスを

立命館大学大学院 田尾啓一教授

セミナーの最後には、After J-SOX研究会の座長である立命館大学大学院 田尾啓一教授より「内部統制成熟度モデル(企業価値向上モデル)」について説明がなされた。

田尾教授は「経営者の最大の使命は企業価値の向上。一般に企業価値とはキャッシュ創出能力を指す場合が多いが、その持続可能性が低ければ将来の企業価値は高まらない。この持続可能性を担保するものが内部統制である。逆に、キャッシュ創出能力を高めずに内部統制だけ強化しても、"管理ヘビー"な状態に陥り、企業価値が低下するおそれがある」とし、キャッシュ創出能力という"攻め"の部分と、内部統制成熟度という"守り"の部分のバランスが取れた状態で発展してこそ、持続可能な企業の価値創造能力が高まっていくと指摘する。「今後は、内部統制を一段発展させたフレームワークであるERM(エンタープライズ リスクマネジメント)と連結経営を、いかに企業価値向上につなげていくかがカギになってくる」(田尾教授)

田尾教授は内部統制成熟度モデルにおいて、内部統制と連結経営のレベルを以下の5段階に分けており、

  • レベル1: 個社連合的な運営と連結決算(最小限内部統制)
  • レベル2: J-SOXによる業務の見える化と会計リスクの共有(J-SOXベース内部統制)
  • レベル3: グループ全体での業務標準化・共通化(包括的内部統制)
  • レベル4: リージョン内でのシームレスな業務連携とシェアード化(リージョナルERM)
  • レベル5: グローバルでのシームレスな業務連携とシェアード化(グローバルERM)

現在、大多数の企業はレベル2の状況にあるという。「財務報告の信頼性を担保する - 現状ではほとんどの企業がこれで手一杯。だが、もう少し落ち着けば、業務の有効性・効率性およびコンプライアンスについても、リスクマネジメント体制を整備する段階(レベル3)に入るだろう」とし、ステップ・バイ・ステップで進めながら、最終的には、海外法人も含んだグローバルな連結経営が企業ごとに実現される必要があるとまとめた。

After J-SOXが目指すところは、もちろんレベル4、レベル5の企業が多く出てくることだが、さらに一歩進めて、企業間を横断した内部統制の"シェアード"をも視野に入れているという。細部までまったく同じフォーマットを他社間で適用することは難しいだろうが、大まかなフレームワークが、たとえば業界ごとにあらかじめ用意されていればば、後から続く企業は相当なコストを削減できる可能性が高い。最初にレールを敷ける力をもつ、業界を牽引する各社が会員に名を連ねている同研究会の今後の取り組みに期待がかかる。